第1話 瓜二つの少女との出会い

 とある放課後、教室で寝落ちしているところにかつて病死した少女とよく似た女子生徒が目の前に立っていた。オレを見るなり、「あんたがこの子の言っていた、ゆーくん?」

 いかにも気が強そうな黒髪ショートヘアの少女が自身の胸に手を当てながらそう口を開く。

 だが、よくよく見ると目の色は深紅色で左目の下に泣きボクロがある。口調もどこかギャルっぽい感じだったのでどうやら人違いのようだ。

 寝ぼけ眼を擦りながら、「誰だ? お前……」

 そう返すと……。

 オレの言葉を訊いた彼女は「質問に質問で返すな!」と肩を震わせて怒っていた。

「私の名前は姫城凪紗よ。っていうか……人に名前を訊く前に名乗るのが常識でしょ」

「悪かった。俺の名前は―――――」

 名乗ろうとした口を開く。

「あ、そうだ。あんたの名前なら知ってるわよ。夏凪颯太でしょ」

 さも当然のようにオレ名前を知っている凪紗。

「なんで、自己紹介をしていないのに名前知ってるんだよ。さては新手のストーカーか」

「誰がストーカーよ。ホント失礼なやつ」

 綺麗な顔をフグのようにぷくりと膨らませる。

「この子が教えてくれたのよ」

 再び、凪紗が自身の胸に手を当てながらそう言う。

「さっきから気になっていたんだが、姫城のいう『あの子』っていうのは誰なんだ」

 あんたも良く知っている子よ、と真剣な表情で話す。俺の知っている子と言えば……世界でたった一人だけだった。

まさかとは思いながら、過去に出会った少女のことを思い出としていると、凪紗から衝撃的な告白をされる。

「私ね。子供の頃に心臓が悪くてとある子から心臓移植をしてもらったの」

 神妙な表情で自分のために心臓を捧げてくれた相手への感謝の気持ちが伝わってくる。

「そうだったんだな」

 どんな風にリアクションをすればいいのか分からずに曖昧な返事になってしまった。

「毎日、毎日、毎日、来る日も来るもひたすら願ったわ。もっと生きたいって……そんな時、奇跡が起こったの。思いが神様に届いたのか、願いが通じたのか、それからしばらくして私の心臓に適合するドナーが見つかった、それがこの子だったの」

 愛おしそうに自分の胸を見つめた後、視線をオレの方へと向ける。

「それはいつの話なんだ」

「私が10年前よ」

 姫城の話から推測すると、オレの中で一つの仮説が思い立つ。

「もしかしてそのドナーの相手は―――――紗良か」

 そう口を開くと、柔らかく華奢で女子特有の膨らみが俺の顔を優しく包み込む。

「そうだよ。ゆーくん」

 信じられないものを見た。目の前にいる凪紗がオレを抱きしめているのだ。

 ふんわりと柔らかい感触が顔に触れ、甘い香りが鼻腔をくすぐった。


「っと……ごめん」

「あぁ、気にするな」

 羞恥心からか少し顔を赤らめ艶やかな黒髪を耳にかけながら謝る凪紗。その仕草が紗良とよく似ていた。

「……」

「どうしたの」

 不思議に思った沙菜がきょとんした表情でこちらを見つめてくる。

「いや、仕草が似てるなって。あいつも良く困ったときにそんな風にしていたから」

「つまりは可愛いってこと?」

「どうしてそうなる」

「そんなに可愛いのか――――困ったな」

「そんなことは言っていない。曲解するな」

「別に照れなくても良いのに」

「こいつ、めんどくさぇ―――――」

「今、面倒くさいって言ったでしょ。すごーく傷ついた。」

「だって本当の事だろ」

「良い? 女子高生にうざい、重い、面倒くさいは三大NGワードだからね」

「じゃあOKなワードは?」

「可愛い、大好き、頑張ったわねの三つよ」

「なるほど。参考にする」

「それ絶対しないときのセリフだから」

 凪紗の抗議を聞き流して教室を出ようとすると制服の袖を掴まれる。

「ちょっとどこ行くのよ。話はまで終わってないわよ」

 食い下がってくる。

「おまえの話は分かったが、オレにはもう関係ないことだ」

「どういう意味よ、それ」

「紗良はもういないんだ。だから今更紗良の心臓を移植されたと名乗る少女が出てきても―――――」

 オレがすべてを言い終える前に、バチンと乾いた音が教室に響き渡る。

「ふざけるな。そんな簡単にこの子の想いを踏み躙るな!」

 深紅の瞳に怒りの炎を宿した凪紗が力強く言い放つ。

「これも紗良の遺志か?」

「違うこれは私の意思。私がそうしたからしたの」

「……」

「反論があるなら言いなさいよ」

 まるで紗良に怒られているような感覚になる。もう彼女はいないのに……目の前に居るのは紗良ではなく凪紗なのにどうしてなのだろうという気持ちが湧き出てくる。

「悪かった。姫城の言う通りだ」

 気づけばそう口にしていた。オレの言葉を訊いた凪紗は驚いたように大きく瞳を開く。

「私こそビンタしちゃってごめん」

 申し訳なさそうにビンタしたことを謝罪する。

 しばらく気まずい静寂が教室を支配する。そんな重たい空気を破ったのは、オレでもなく、凪紗でなく、完全下校を促す放送だった。壁に掛けてある時計に目をやると既に17時30分を回っている。

 どう声をかけるべきか考えていると、凪紗が「帰ろうよ。勇太」と優しい笑みを口元に浮かべそう声をかけてくる。

 それからはさっきまでの気まずさなどはなくお互いの学校生活や休日は何をして過ごしているのかといった話で盛り上がった。といっても、ほとんどは凪紗のマシンガントークに圧倒されていただけだが……。

 不思議な出会いもあるんだなと思いながら帰路に就く。


 翌日、重い瞼を擦りながら登校していると、「おはよう。勇太」と挨拶をされ振り返る。

 そこには艶やかな黒髪をセミショートヘアにした姫城が立っていた。

「……おはよう」

 挨拶を返して再び歩きだす。

「ちょっ――――と待った!」

 深紅の瞳に怒りの炎を灯した凪紗が大声を上げる。

「っと、どうした姫城? 朝から元気だな」

「あんた……わざとやってるの、それ」

「どういう意味だ」

 何のことだか皆目見当がつかないオレは目を左右にウロウロさせていると……。

 凪紗がアピールするかのように顔を左右に動かし始める。

「ほら、これで分かるでしょ」

「……」

「ホント勇太って鈍感っていうか、察しが悪いわよね」

「おい、本音が駄々洩れだぞ」

「しょうがないでしょ。ハッキリ言わないと伝わらないんだから」

 呆れたように姫城がため息をつきながら言う。

「で……昨日とどこが変わったんだ」

「あんた、マジで言ってんの?」

 頬を引き攣らせながらこちらを見てくる。だが、諦めたように正解は髪型と言って指先で髪の毛をいじりながら答える。

「髪型……」

 そう言われて見てみるが、昨日と特に変わった様子は見受けられなかった。一生懸命にどこが変わったのか考えるが。

「はぁ……」

 すぅーと目を細めてオレを見ていた姫城が今度こそ諦めたように深いため息をつく。

「もういい……」

 怒ったのか、呆れられたのか、それとも両方なのか。凪紗はそう言ってスタスタと歩いて行ってしまう。

「理不尽すぎるだろ」

 女心はよく分からんと思いながら後を追いかける勇太だった。

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