追憶のロマンティックス

赤瀬涼馬

プロローグ

 遥か遠い昔の記憶が呼び起される。あの日は珍しく外出許可が出たため、紗良と散歩へ出かけることになった。

……といっても、近くの公園に遊びに来ていただけだが。

 幼いころから入退院を繰り返している紗良は、なかなか外に出ることができずにいた。

 だが、目の前にいる彼女はそんなことを感じさせないくらい楽しそうにはしゃいでいた。

「そーくん。私、大きくなったら――――――」

 そこではっと目が覚める。近くにある置時計に目をやると時刻はまだ6時前だった。少し時間があるのでもうひと眠りしようと瞼を閉じようした刹那。

「またあの子の夢を見たの?」

 先ほど夢に出てきた瓜二つの少女がはだけた身体を隠すようにシーツで押さえながら訊ねてくる。

「あぁ……」

 隠す必要もないので正直応える。

「勇太に浮気された……」

「おい、冤罪をかけるな」

「えっ!?だって本当のことじゃん」

「こいつめんどくせぇ―――――」

「うわぁ―――すごーく、傷ついた」

 からかうように話す彼女を無視して惰眠を貪ろうとすると――――。

「えいっ!!」

 さっきまで隣にいたはずの黒髪の少女・姫城沙菜がオレのお腹の上に乗ってくる。

「重いんだが……」

「それは愛情がってこと?」

「いや、物理的に」

「百倍殺し」

 そう言って桜色の柔らかくぷっくりとした唇を重ねてくる。

「おい、いいのか―――――」

「ムカついたから百倍殺しだって言ったでしょ」

 俺の言葉を遮るかのように唇を重ねてくる。

「本当に良いんだな?その気にさせた沙菜が悪いんだからな」

「うん……良いよ。おいで勇太」

 しばらく求め合い事が済んだ後、朝食の準備を始める。

 今日のメニューはコンソメスープ、ポテトサラダ、チーズトーストパンだ。

「……いただきます」と言い二人で食べ始める。

「ううーん、美味しい。さすが私、天才すぎでしょ―――」

 さも自分が作ったように美味しそうに食べている凪紗。

「ほとんど俺が作ったんだけどな」

 さらりと言い加える、と細かいことは気にしないと一蹴されてしまった。

 そこでふと大事なことを思い出し凪紗に確認をしてみる。

「そういえば、もう準備はできているのか?」

「ばっちりだから安心して!?」

 と自信満々な答えが返ってくる。

「お前の大丈夫は世界で一番信用できないからな」

「ちょっとなにそれ、ひどすぎ――――」

「事実だからな」

「なら確認してみる?」

 凪紗がダイニングテーブルに頬杖をしながら訊いてくる。

「それより勇太の方こそ、大丈夫?」

 試すような笑みをこちらに向けてくる。

「どういう意味だ」

 少しぶっきらぼうに答えるとあっはっはっは――――とお腹を押さえて大笑いし始める。

「そんなマジにならなくたっていいじゃん。ホント勇太はあの頃から変わってないよね」

「でも、そんな勇太だからこそ私たちはきっと好きになったんだと思う」

 凪紗の言葉に少し恥ずかしさを感じながらも朝食を口にする。

 二人で洗い物をしてこの後の人生最大のイベントに向けて準備を始める。

「勇太、あれも用意してあるよね」

「あれってなんだ?」

「私たちの結婚指輪よ。サプライズで準備するから当日まで待ってくれっていたの勇太じゃんか」

「あぁそうだった。心配するな、しっかり用意してある」

 凪紗が二度目のシャワーを浴びている間にリビングへ持ってくる。

「ねぇ、早く見せてよ」

 よほど楽しみにしていたのか目を爛々と輝かせて催促してくる。

「慌てるなって。ほらこれだ」

 青色のケースの蓋を開け中身を凪紗へと見せる。中には燦然と輝くダイヤモンドの指輪が入っている。

「うわぁ……綺麗」

 目の前にある指輪を見て感嘆の声を上げていた。

「はめてよ」

 唐突に自分の左手を差し出してくる凪紗にこういうのは結婚式でやることだろと反論する。

 「やだ! 今、はめてほしいの」

 駄々っ子のように手足をジタバタさせ始める。

 急に幼児退行を始めたパートナーに対して、ため息を漏らしながら了承する。

「分かった、わかった。少しだけだからな」

 陶器のような透き通った指先に結婚指輪を通していく。

 左手の薬指の付け根まではめるところを凪紗は嬉しそうに眺めていた。

「ありがとう。勇太」

「お前のワガママはいつものことだからな。あいつとそっくりだ」

「ううーん。そうじゃない、私を……私たちを選んでくれてありがとう」

 はにかんだ笑顔をオレに見せる。

 突如、俺の中で何かが溢れだした。

「きゃっ!!」

 驚いたように悲鳴を上げた凪紗を抱き寄せる。

「もう、遠慮しなくても良いんだよな?」

「うん。だからいっぱい愛して……勇太」

 三度目のキスはほんのり甘いものだった。しばらく甘い時間を過ごした後に、準備を整えて式場に向かう。

 玄関を出る時にくるりと凪紗が振り返って、満面の笑みを浮かべながら口を開く。

「不束者ですが末永くよろしく。あ・な・た」

「こっちこそよろしく頼む」

 二人で手を繋いで玄関を出る。凪紗と二人でこれからの新たな未来へ向けて歩み出すために。

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