第2話 美少女の正体とあやかしについて

 窓から差し込む光で目を覚ました俺は、自分のベッドで寝ていた。

 天井を眺めながら昨日のことは夢だったんだと思い、今日はバイトが休みのため二度寝しようと横を向いた俺の視界に美少女が映る。


「……うわっ!?」

「きゃー」


 脳が覚醒して驚いた俺とは裏腹に、完全に棒読みで叫んでみせる彼女に、自分の頬をつねった。


 うん。夢じゃない。


「うっ……。あのあとの記憶がない……」


 ベッドから飛び起きる俺と違って、床に両足をつけてベッドサイドから覗き込む美少女、柏野彩かしのあやは満面の笑みを浮かべていた。


「それはですねー。途中で、雪璃せつり先輩が気絶しちゃったんですよ。運ぶの大変でした!」

「えっ……。あっ、なんか思い出してきたかも。確か、延々と暗闇の中を歩いて……恐怖がぶり返して。運んでくれて、有り難う……」

「いえいえー。力自慢ですから! それで、昨日の話覚えてます?」


 気を失う前に、彼女が何か教えてくれた気がしたが、まったく覚えがない。

 二日酔いのように頭を押さえている俺に、立ち上がる彼女は昨日と同じセーラー服だった。


「えっ……。もしかして、帰宅してない?」

「はいっ! 私も昨日の戦闘で疲れちゃったので、気が付いたら床で寝てました」

「床って……女子高生があるまじき行為。それより、風呂も入ってないのか……」


 俺はもちろんだが、彼女もそうだろう。

 美少女の顔はみるみると変わっていき、目を泳がしていた。


雪璃せつり先輩、デリカシーなさすぎです! お風呂、借りますよ!」

「えっ……あ、悪い。て、ウチで入るのかよ!?」

「セクハラで訴えられないだけ、有難いと思ってください」


 俺は大学生ではあるが、実は家庭の事情で一年生になって早々一年間休学してバイトをしている。

 そのため、ここは実家だ。


 両親に鉢合わせたらどうするんだと心配の中、彼女は風呂場を知っているように歩いていってしまう。


 実は、両親ともに何かの奇病か急にやる気を失って半寝たきりの状態になってしまった。

 精神病を疑ったが、どちらも異常がなかったからである。


 そのため、俺はこの家を維持することと生活費を稼がないといけなくなって、朝から晩までバイトに明け暮れていた。


「おーい……。つか、着替えは持ってるのかよ。カバンも何も持ってなかっただろー」


 両親は基本的に決まった時間に起きて、食事をして風呂に入り、寝る生活をしている。

 だから、俺の腕時計から分かる現在時刻の8時には起きてこない。


 俺は、適当に洗ったばかりの衣類を手に風呂場に向かった。


 中からはすでにシャワーの音がして、手遅れな事を知る。

 頭を掻きながら、脱衣所を少しだけ空けて中に服を放り込んだ。


 狭い家のため少しだけシルエットが見えたが、誤魔化す俺に微かな音にも関わらず中から声が返ってくる。


「先輩、えっちですかー? 犯罪行為ですよー?」

「バッ! ち、違う! 着替えがないと思って、一時的に俺の服を持ってきたんだよ!」

「なるほどー。そういうことにしておいてあげますね」


 さすが、ハンターである彼女はささいな音にも気が付くのかと、昨日のことが頭をよぎって寒気がした。


 両親が起きる時間は9時きっかり。

 それまでに、彼女を外に出そう。


 俺は、自分の部屋に戻って一息ついた。


「なんだか、俺の世界が360度変わった気分だ」

「それは、大当たりかもですねー?」

「うおっ! て、もう上がったのかよ」


 急に背後から声をかけられると、思わず上擦った声がでる。

 それに対して、またも悪戯な笑みを浮かべる自称後輩のあやは憎らしいほど美少女だった。


 黒いパーカーに同系パンツを持って行ったはずなのに、あやは下を履いていなくてミニスカート丈のロングパーカーのようになっている。


 思わず視線を下に向ける俺に、覗き込むような視線とぶつかった。


雪璃せつり先輩は、えっちですねー? サイズが大きくて、ちょうど良かったので、中は下着しか身に着けてませんよー」

「わ、悪い……。いや、俺も健全な男子大学生であって。こんな美少女が……」

「こういうの、今は流行ってるかわかりませんけど。彼パーカーみたいな感じですかねー?」


 いつの時代かに流行った彼シャツではなく、パーカーもヤバい。

 俺と彼女の身長差は大体、20センチくらいか。

 渡したパーカーは丈が長めだったから、実現したのかもしれない……。


 あやに流されそうになる思考は頭を振ってやり過ごす。

 昨日のことを全然聞いていない。


 ただ、すでに8時30分を超えた時間に、出かける準備をして彼女を家から連れ出した。


「あっ、下着は……」

「協会の人間に頼んで持ってきてもらいましたー。雪璃せつり先輩は、えっちな上に本当デリカシーがないですよー」

「なら、着替えも持ってきてもらったら良かったんじゃ……」


 ハッとする彼女を連れて近くの公園まで歩いてきて、二つ並んだブランコに座る。

 あやもブランコに座ると、こぎ始めた。


「それで、俺の担当ってなんだよ?」

「あー……言ってませんでしたっけ? 一度あやかしに目をつけられた人間は、狩りの対象・・・・・になるんです」

「うげっ! そんなの聞いてないぞ……。生きてきて18年、遭ったこともなかったのに」


 衝撃的な事実を突きつけられた俺は再び頭を抱える。

 でも、一つだけあやかしと遭遇しない条件があった。


「22時に家から出なきゃ大丈夫なんじゃ……?」


 大人たちが口を酸っぱくして、絵本に加えて小学校の授業から取り込んだ必須科目。

 だから、現代に生きる人間で知らないのは赤ちゃんくらい。


 あやは、こぐのを止めて真剣な表情を向けてくる。

 俺も思わず背筋がピンとしてしばらく見つめ合った。


「実はですね……。22時の制限は、出会っていない人間・・・・・・・・・に有効なんです。つまり、すでに遭遇してしまった先輩はアウトー!」

「いや、重大なことをサラッと軽く言うなよな!? えっ、じゃあ……家も危険なのか?」

「あやかしは基本的に夜の活動がメインです。なので、日中でしたら問題ありません。ですが、夜の保証は出来ません」


 普通じゃない両親を抱えて朝から晩までバイト三昧な俺に突きつけられた事実は無情である。

 魂が抜けそうな俺とは違って明るい美少女に、恨めしそうな顔を向けた。


「きっと、昨日のあれは夢だ……こんな美少女が、あんなバケモノと戦っていたわけがない」

「あー。現実逃避の末に、私も疑ってるんですかー? この美少女、柏野彩かしのあやを」

「自分でいうか? 昨日もそうだったけど。若干引いた……」


 事実を口にすると泣きそうな顔をする彼女に、思わず立ち上がって謝罪するが、伸ばされた指先で腹部をツンと突かれただけで痛みに両手で押さえる。


「ぐぉおっ! て、どういう……」

「私、先輩がいうようにハンターのエリート・・・なので。指先をニ本にしたら、先輩なんてあそこの木まで吹っ飛んじゃいますよー」


 背後に視線を向けて、50メートル先の大木をみて冷や汗がふき出した。

 再び前を向く俺に、彼女はパーカーのポケットから何かを取り出して見せてくる。

 ハンターと呼ばれている、あやかし国際協会のバッジだった。


 それはお札よりも偽造が不可能な代物で、一般にも認知されているため彼女はドヤ顔をしている。


「……あっ。名前と、数字? が刻まれてる」

「そうですよー。この数字は、ヒミツ・・・ですけどー正真正銘、ハンターです!」

「美少女はどんな顔をしても絵になるよな……。だから、担当か……昨日の女性も?」


 あやは首を縦に振った。

 その女性を担当するのは別な人間らしい。無事で安心した。


 再びブランコに座った俺に、あやは一般人が知らない重要な話を始める。


「まだお話は終わってないんですが、あやかしに狙われる理由はニつあります。一つは、負の感情を抱いていること。もう一つは、”身体強化能力者ホルダー”になり得る存在か……」

「えっ……? でも、俺は遭遇したというより、あの女性に巻き込まれた形だけど。それに、身体強化能力者ホルダーって?」

「被害者の女性は、負の感情を抱いていました。会社の上司にセクハラを受けたとか。身体強化能力者ホルダーは……簡単にいうと超能力者、みたいなものです!」


 良くある話にため息がでた。

 令和になってもなくならない問題の一つ。あやかしが生まれたのは、そいつらのような人間がいるせいじゃないかとすら思っていた。


 まさかの超能力者には驚いたけど……。基本的には、身体強化らしい。


 巻き込まれた俺は、そのニつに当てはまらないんじゃないかと期待の眼差しを向ける。


「残念ですが、認識されたということは何か・・しらあるということです。それに、先輩の両親……あやかしに呪われています」

「えっ!? どういうことだよ……」

「検査しないとわかりませんが、どこかであやかしに触れたんだと思います。ハンター以外が、あやかしに触れると負の感情に当てられて呪われます」


 知らなかったことや情報量が多すぎて、俺はキャパオーバーして頭を抱えた。


 両親の奇病が分かって良かったが、呪いなんてどうしたらいいんだよ……。


 チラッと横目であやをみると、不敵な笑みを浮かべていた。


「問題ないですよー。美少女の私が、解決しちゃいます! ちょーっと時間がかかるので、先ずはついてきてください!」

「えっ……どこに」

「ヒミツです」


 そういって立ち上がる彼女の後ろをついて、俺達は公園を後にする。

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