脳筋美少女JKと未熟な魔法使いの俺 〜あやかしの王を殺すまでの物語〜

くれは

第一章

第1話 ヒーローは美少女……?

 星の見えない夜空を見上げて白い息を吐きだして全力疾走をする。


 走る中、右手の腕時計が視界に入ると、小さな針は無情にも22時を越えていることを告げていた。


「あっ……ヤバッ! 22時を回ってる」


 染めた茶髪を隠すように灰色の帽子を深く被り、冬のコートを羽織った俺は、寒さから黒いマフラーで口元を覆う。


 21時に終わるはずだったバイトが22時を回りかけて急いで帰らされたが、時すでに遅し。

 家まで30分はかかる俺は、残り20分でタイムリミットを迎えていた。


 暗い路地裏を突っ切ったほうが早いため、足早に角を曲がった瞬間、走る影と衝突する。


 強くぶつかられたにも関わらず、体幹の良さと相手が女性だったことで俺の方が勝ってしまい、地面に尻もちをついた姿に手を差し伸べた。


「ぁあっ……」

「あっ、すみません。大丈夫ですか?」

「た、た……助、けて……ヒッ――!!」


 尻もちをついた痛みよりも、背後を指さして全身を震わせる女性に、おもむろにそちらに顔を向ける。


 ――カチ、カチッ……


 点滅する街灯の下に、うごめく”それ”はいた。

 明かりによって背後のブロック塀に映る影は、人とは言えない巨大さで横に広がってみえる。


 異様な影がマンションの窓に映ろうとも、生活音を響かせる住人は気がついていない。


 ――ズル、ズズズ……ズル……ッ


 何かを引きずるような音が耳に届いて、俺は異変に気が付いた。


 先ほどまで聞こえていた生活音が一切聞こえない。


 震えて立てなくなった助けを乞う女性と俺、それに全身黒くて長い毛に覆われた”あやかし”だけの空間に引きずり込まれた。



 令和六年を迎えた現代日本には、未知の生物”あやかし”がいる。

 人間が持つ、負の感情から生まれたとされるあやかしが目撃され始めて幾年。


 完全に舐めていた。


 ”22時を回ったら出歩くな”って、大人たちが口を揃えて言っていた言葉を思い出す。


 あやかしの8割は悪い奴だって、小学校の教科書に載っていた。

 あやかしにも良い奴はいる。ただ俺は18年、生きてきて一度も会ったことはない。


 その前に、あやかしにも遭わずに生きてこられた。


「――これは、正直ヤバい……」


 たまに、ニュースで事例が流れてくるほど有名なあやかしと同じ見た目。


 全身黒い髪で覆われ、その長さで生きてきた年数、食ってきた人間の数がわかる。

 こいつは、4メートル以上の髪を引きずってみえた。

 しかも胴体が巨大すぎる。


「ヒッ……!」

「こっち!」


 俺は、とっさに女性の腕を掴んで力いっぱい引っ張り上げた。

 倒れそうになる女性の身体を支えて、後ろに下がる。



 人間側も、バカじゃない。あやかしを狩る”ハンター”もいる。

 あやかしが生まれると同時に現れ始めた”身体強化能力者ホルダー”。

 アニメやゲームと違って派手な演出はしない。

 ただ、身体能力が異常に優れた人間たちによる組織だ。


 ごくまれに、”魔法使い”と呼ばれる存在も生まれるらしい。

 その存在は、あやかしの王を葬ることが出来ると言われている。


 ハンターである身体強化能力者ホルダーの存在に救われた人は多い。


 まさに今、夜空を舞うように颯爽と現れた彼女みたいに――。


「せーんぱーい! その行為、ふしだらですよー?」

「へっ……?」

「えっ……嘘、あなたは――」


 俺たちの前に舞い降りてきた黒髪の美少女は、昭和の時代から出てきたかのような桃色のセーラー服姿をしていた。

 令和の今では自由を尊重して制服が廃止されている学校も多い。


 それに、俺を誰かと見間違えているのか、驚いた顔をして言葉を失っている。


「って、俺……大学一年だし、後輩はまだいないんだけど」

「あっ……ちょっと前までは、高校生でしたよね? そっちです!」


 その直後だった。


 彼女の背後から長い黒髪が飛んでくる。

 俺は、危ない! と叫ぼうとして、身をひるがえす彼女に見惚れてしまった。


 さすがに、下着は見えない……。


「まともに話をしている暇はないようなので、終わらせてからにしましょう!」

「いや……普通はそう。って、君もしかして――」

「申し遅れました。美少女で可憐な乙女、柏野彩かしのあやって言います! 以後お見知りおきを、光永雪璃みつながせつり先輩っ」


 自己紹介で、自分を美少女で可憐な乙女だという女を、今まで見たことがないぞ。

 だけど、美少女には間違いなかった。


 壁まで下がるよう指示をされた俺は、女性の手を引っ張り言われた通りにする。


 あやかしにも種類があって、こいつは会話の出来ないタイプだ。


 標的を彼女に変えたあやかしが、複数の束ねた髪をドリルのようにして胴体を狙って伸ばす。

 それを軽くよける姿は、まるで蝶のように美しく繊細だった。


 そう思ったのも束の間、辛うじて目に見える速さの回し蹴りによって硬い髪が、いともたやすく切断される。


 俺は思わず唾を飲み込んだ。


「それじゃあ、もう遅い時間ですし。終わらせまーす」


 切断された髪はすぐに再生して伸びるが、地面を蹴って空に舞い上がる彼女の両腕が髪の中心に触れた瞬間、首が回転したかのように髪が乱れて散る。


 一瞬でわからなかったが、彼女はあやかしのかくになる心臓部をねじ切った。


「嘘、だろ……」


 いつの間にか気を失ってしまった女性を壁に寄せ、こちらに舞い戻ってきた笑顔の彼女に背筋がゾクッと震える。


 心臓部を壊されたあやかしは、砂のように粉々になって風に舞い上がり消えていった。


 あやかしが消えると、赤ん坊の泣く声が耳に聞こえて、周囲の音が戻ったのが分かり、思わず頭を押さえる。


「せーんぱい! 大丈夫ですかー? 混乱しちゃいますよねー。大丈夫です! その女性は、協会の人間に任せてお話しましょう」

「えっ……と、柏野彩かしのあやさん……」

あやでいいですよー。先輩なんですからー。あっ、私も雪璃せつり先輩って呼んでもいいですか?」


 あやかしという脅威が去ったいま、俺は思い出した。

 やっぱり、彼女のことを知らないという重要なことを。


「いや、俺。高校は男子校だったから……」

「えっ……。ほら! 人類皆兄弟! って言うじゃないですかー。細かいことは気にしちゃダメですよ?」

「どういう理屈だよ……。それに、さっき」


 どこか時代錯誤な気配のする美少女に俺は言いくるめられる。


「いまでも、セーラー服着てる学校とかあるんだな」

「先輩、偏見ですよー? それと、これは自由な装いとのことだったので、レトロ感で着てます!」

「それもどうなんだよ……」


 素直にセーラー服をディスリスペクトしている美少女に俺は呆れた。

 俺の中では制服自体が珍しい時代だと勝手なイメージを持っている高校生。その中でも、セーラー服はとても目立つ。


 さらに桜色なんて、どこで作ってるんだよ……。


 人気ひとけのない場所を歩く彼女に、思わず周りを気にしてしまうが、顔だけ振り向く美少女は満面の笑みを向けてくる。


「心配しないでください。もう、この一帯にあやかしは出ません! 私が保証します」

「えっ……? あっ! 重要なことを忘れてた。その、あや? は、ハンターなのか……?」

「フッフッフ……知りたいですかー? どうしようかなー。でも、雪璃せつり先輩になら教えてあげてもいいですよー」


 いや、そもそもあんな戦い方が出来る一般人は見たことがない。

 隠す気もみえないが、彼女も何かを思い出したように大声をあげる。


 俺は先ほどのことも相まって、思わず肩を揺らした。

 それに対して悪戯な笑みを浮かべる彼女は、どんな顔をしても美少女だと思ってしまう。


「私も、重要なことを忘れていました! 今日このときから、雪璃せつり先輩は私が担当することになりましたので、どうぞ宜しくお願いします!」

「へっ……? 担当って、なんだよ」

「……”あの人”じゃないけど、また再会した気分で嬉しいなぁ」


 最後の方は小声で聞き取れない何かを口にした彼女は、俺の質問に応えることなく満面の笑みを浮かべていた。

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