第三章 魔法史授業


「――により、ドラゴン族の次期当主であるアルデバラン様のご子息様は、未だ行方知れずになっていらっしゃる。この影響として――」


 固い雰囲気をまとった中年の魔法史担当の教師が、魔法でスラスラと黒板に文字を書き込んでいく。

 実技ではまともな評価が得られない分、座学では良い評価をもらいたいものの、抑揚のない声で告げられる退屈な説明を聞いていると、どうにも眠気が込み上げてくる。

 ノートに書いた授業内容の空いたスペースに、ベゴニアのイラストをペンで書いていると、本人がひょっこり顔を出してきた。

「これは僕?」とでも言いたげなつぶらな瞳でノートを見つめる。


「そうだよ。絵下手でごめんね」


 教師にバレないように小声でそう言うと、ベゴニアは満面の笑みを浮かべた。心なしか、周りにキラキラのエフェクトがかかっている気がする。


 (かっ、かわいいっ……!)


 ベゴニアの様子に思わず口元が緩む。その時。


「ではこの問題をレーティクリ! 答えなさい!」

「はっ、はい!」


 突然教師から名指しされたものの、先程までボーッと授業を聞いていたため、今どこをやっているのか、どの問題のことなのか全くわからない。


 (どうしよう、ここで答えられなかったら……!)


「レーティクリ? 答えられないのか?」


 教師の顔がだんだん厳しいものへと変化していく。

 確かこの教師は、生徒の中でも特段厳しいと有名だ。ここで答えられなかったら後でどれだけ成績を下げられるかわからない。


「え、えっと……」


 なんとか弁明をしようとしたその瞬間。


「五年前」


 横から小声でそう言われ、咄嗟とっさに反射で「ご、五年前!」と叫んでしまった。


「……よろしい。このように、五年間ずっと――」


 教師は少しの間アネモネを軽く睨み、話の続きに戻った。

 なんとか減点は免れたと胸を撫で下ろす。


「よかったね。あの先生、少しでも答えられなかったりしたらすぐ減点するから」


 先程の声の主は誰だったのかと見渡すと、隣にいた金髪の男子生徒が、愛想の良い表情を浮かべてこちらを見ていた。


「……親切に、ありがとうございます」

「いえいえ。君が先生に怒られなくて良かった」


 そう言いながら手をひらひらと振る男子生徒。自分の隣の席に座る人がいるだなんて、不思議なこともあるものだと思う。

 いつも誰からも下に見られているアネモネの傍にいたいという人なんて、そうそういるものじゃない。


「僕はトランス・サタニアン」


 それを聞いて、どこかで聞き覚えがある名前だということに気づく。


 (そうだ。確か首席入学した子だったはず)


 魔力量が学年トップクラスを誇りながらも、剣を使いこなす技量も持ち合わせている、まさに将来有望な生徒だ。


「君は確か、アネモネだったよね」

「どうして私の名前を?」

「だって君……その……有名人、だからさ」


「有名人」という言葉の前に、少しの間があったのを、アネモネは聞き逃さなかった。


 学園内にいる生徒、そして教師ならば、自分の噂を一度は耳にしたことがあるだろう。

 敵を倒すほどの魔力量もない「出来損ない」。剣を振るための腕力もない「役立たず」。そしてこの世界ではバカにされ続けている職業、使役者テイマー志望。

 アネモネを表す罵詈雑言など、探せばたくさん出てくる。


 顔を曇らせたアネモネを見て、トランスは前を向いたまま呟いた。


「でも、僕はいいと思うな。使役者テイマー

「え……」


 思っても見なかった言葉に、驚きが隠せない。

 今まで使役者テイマーという職業を良いと言ってくれる人なんていなかった。


「だってさ、なんかかっこよくない? ドラゴンとか強そうな魔物を従えるなんて凄いと思うな」

「だ、だよねっ……!」


 思わず前のめりになったところで我に返る。

 今日出会ったばかりの人にこんなにも詰め寄られて、いい気分になる人などいないだろう。

 それほどまでに、自分を認められたのが嬉しかったのだ。


「ごっ……ごめんなさい」

「ううん大丈夫。自分と気の合う人と話すのは楽しいよね」


 そう言いながら、トランスがふわりと微笑む。

 なぜだかその笑顔を見ていると、胸のあたりがギュッと痛くなったため、慌ててアネモネはトランスから目をそらした。

 それを見て、トランスは何かを決したように手を差し伸べてきた。


「あの、もしよかったら、僕と友達になってくれない?」

「えぇっ、いや、あの……」


 (友達? 友達ってあの? 一緒にお昼食べたりとか、放課後遊んだりするあれ?)


 初めて言われた言葉に戸惑いが隠せず、頭がぐるぐると回る。


 (でも……)


 チラリとトランスの方を見ると、彼は困ったように少し笑いかけてくれた。


 (そこまで、悪い人じゃない、かも?)


 それに、こんな自分に対して少しでも興味を持ってくれた人なんて初めてだ。

 なぜだろう。このチャンスを逃したら、一生こんな素敵な友達には出会えない気がする。


 その時、自分の制服の袖をベゴニアが引っ張っているのに気づく。

 何かを伝えたいのか、小さく鳴き続けるベゴニアを優しく撫でる。


「大丈夫だよ。悪い人じゃないと思う」


 そして、トランスの方に向き直り、差し伸べられた手を強く握った。


「こちらこそ、よろしくお願いします!」

「こちらこそ。あ、あとタメ口でいいからさ」

「はい! ……じゃなくて、うん!」


 笑顔で会話を交わす二人。

 その様子を、ベゴニアは何かを言いたげな様子で見つめていた。





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