第四章 実戦授業


 あの出会いからしばらく月日が過ぎ、トランスとはよく話すようになった。

 最初は少し警戒していたものの、トランスの人柄に惹かれ、いつの間にか授業、休み時間と学園生活を一緒に送るほどの仲になったのだ。

 そして、ベゴニアはというと……。


「もう、そろそろ機嫌直してよ……」


 腕に抱えられたベゴニアは、嫌だというようにプイッと横を向く。

 それを見て、傍にいたトランスは「あはは……」と苦笑を浮かべた。


 トランスと友達になったあの日から、ベゴニアはずっとへそを曲げ続けている。

 いつも自分につきっきりだったアネモネが、トランスと仲良くし始めたことでしっとしてしまったのだろうか。それとも……。


「全員集合!」


 教師がピーッと笛を吹くと、あちこちに散らばっていた生徒たちがその周りに集まってきた。

 今日は実戦授業。日によって課題ミッションは違うものの、魔物関連になることは間違いない。学園のすぐ近くにある危険の多い森で、学年全員で一斉に行うため、いつもこの授業は教師も多めに配置される。

 いつもは座学を担当することが多いライも、今日は屋外で授業の説明を行った。


「今日は実習授業です。課題は、この森に住む鐵蜘蛛アイロンスパイダーの出す糸を持ってくること。今から配るノステピンに、おおよそ直径5センチになるまで巻いてきてください」


 配られたノステピンを見て、トランスが言う。


「これ、魔法がかかってるよ。多分、この棒先を対象のものに向ければ、勝手に巻き取ってくれる優れ物だと思う」

「へぇ……」


 見ただけでわかるなんて、流石だなと思う。

 私も、とノステピンを空にかざしたりしてみたものの、全く魔法の流れが見えない。

 その様子を見ていたベゴニアは、くあぁ……と小さなあくびをした。


「制限時間は今から一時間。用意、スタート!」


 その言葉と共に、大勢の生徒たちが我先にと森に飛び込んだ。

 この授業では課題を達成クリアするだけでなく、達成に至るまでの時間も評価に影響する。好成績を収めたい生徒たちにとって、一分一秒も無駄にできない授業なのだ。


「僕達も行こう!」


 生徒たちが一斉に森の奥へ走っていく様子を呆気にとられて見ていたアネモネは、トランスの言葉で我に返った。


「う、うん! ほら、ベゴニア。私の肩に乗って」


 しぶしぶといった様子のベゴニアを肩に乗せ、アネモネはトランスと一緒に走り出した。




 ***




 悲鳴と共に大きな音を立て、自分たちの身長の倍近くある鐵蜘蛛が倒れる。


「ふぅ……」

「す、すごい……」


 森の奥へ入って数十分。鐵蜘蛛を見つけたトランスは「下がってて」と言い、あっという間に光魔法を使って倒してしまった。


「そんなことないよ」

「ううん、すごいよ! ねっ、ベゴニア!」


 しかし、ベゴニアはアネモネの肩でツーンとすましているだけ。

 アネモネはため息を付いた。なぜこんなにも不機嫌なのだろうか。

 ベゴニアといっしょに過ごすようになってからはや5年ほど経つだろうか。

 それでもたまに、ベゴニアが何を考えているのかわからなくなる時がある。


 トランスが近くの木に張ってあった鐵蜘蛛の巣を眺める。

 さすがは自分たちの倍近くもある蜘蛛だ。巣の大きさが桁違いである。


「うーん……。この巣でもいいけど、あんまりこれは質が良くないなぁ」


 アネモネは驚いた。トランスはそんなことまでわかるのか。


「もう少し他を探してみようか」

「う、うん!」


 トランスが更に森の奥へと向かう。アネモネも急いで追おうとして、立ち止まり、倒された鐵蜘蛛に一度手を合わせてから走り出した。


 その頃、トランスは森の奥へ進むにつれて、異様な空気に包まれていた。

 空気中の魔力濃度が高くなっているのに気づき、袖で自分の口を覆う。


「なんだここ……。こんなに魔力が濃い場所なんて今までにあったか……?」

「トランス!」


 しきりに辺りを見回していたトランスが、後ろから走ってくるアネモネを見て、安堵の表情を浮かべる。

 しかし、今度はアネモネの様子がおかしい。

 何かに気づいたのか、トランスの方を見て青い顔をしている。


「アネモネ……?」


 アネモネは震える手でトランスの後ろを指差した。

 肩に乗っていたベゴニアも地面に降り、威嚇の声を出す。


「う、後ろ……!」


 慌てて後ろを振り向くトランス。

 そこで見たのは、先程倒した個体の二倍、三倍の大きさをした鐵蜘蛛が自分に向かって腕を振り上げている姿だった。





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