第二章 心配
「いつも誰かに絡まれてますよね、貴方……」
「別に、絡まれたくて絡まれてる訳じゃないです」
夕暮れに包まれた空き教室の中、アネモネはパーティションの裏で濡れてしまった制服を着替えていた。
その裏で、メガネを掛けた茶髪の男性教師が軽く寄りかかりながら、アネモネに話しかける。
「で、今日は誰にやられたんですか?」
少し考え、「ライ先生には言わない」と答える。
「貴方ねぇ……」
呆れた様子でため息をついた男性教師――ライ・レグレスは、それでもいつもの事かと苦笑を浮かべた。
彼はこの学園で唯一、入学当初から傍で寄り添ってくれた教師である。
だからこそ、自分の抱えている感情も、ライには思いきり吐き出していた。
しかし、なぜかベゴニアだけは懐いてくれず、「生物学担当なのに、ドラゴン一つ手懐けられないの?」と
今も足をガジガジ噛まれている彼を見ていれば、その奮闘の結果は一目でわかるだろう。
「なぜそんなに何も言ってくれないんです? 私だって教師なんですから、言ってくれればちゃんと対応しますよ?」
「……ライ先生は頼りないから」
「ひどい!!」
よほどショックだったのか、ガクッとうなだれる。
「そんな……。私がこれまで頑張って積み上げてきた教師の信頼とは何だったんだ……」
大の大人がむせび泣くのを聞き、思わずクスッと笑う。
(別に、信頼がどうとかじゃないんだけどね……)
ただ、実際彼らは正しいことを言っているから。
その「正しいこと」に形合わせられない自分が駄目なだけで。
この世界は個人の実力を重視していることも、自分の力じゃなく、使役した魔物の力を使って戦う
だから、悪いのは自分なんだ。
ずっとそう自分に言い聞かせてアネモネは生きている。物心がついたときから、今に至るまで。
嫌だな、とそっと思う。
こんなことばかり考えていたら、どうにかなってしまいそうだ。
「……ベゴニア」
ライの足を噛むことに飽きたのか、それともアネモネの心情の変化を感じたのか。
ベゴニアはそっと足元に身体をなすりつけてきた。
「どうしたの? 私は元気だよ」
そう言いつつ撫でると、ベゴニアは「嘘だ」とでも言うように一声鳴いた。
何でもお見通しかと苦笑する。
「ちょっと待っててね」
ライが渡してくれた上着に袖を通し、魔法で乾かしてくれた制服を入れた紙袋を持ち、パーティションの外へ出る。
「大丈夫ですか?」
「はい、もう平気です。ありがとうございました」
一礼をし、先生の横を通り過ぎる。
教室のドアに手をかけたとき、後ろから声を掛けられた。
「レーティクリさん」
「はい?」
教室の窓から今日の終わりを告げる夕日が差し込み、ライの顔に影を落とす。
「……いえ、なんでも。気を付けてお帰りください」
「はぁ……。では」
訝しげに思いながらもベゴニアと一緒に教室を出る。
一緒に歩く廊下にはもうほとんど人の気配がなく、まるでこの世界で生きているのが自分達だけの様な気がして、何となく寂しくなった。
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