第9話 対峙する『勇者』(後)
「無茶するなって……言おうとしてたんだがな」
とりあえず全員の無事を確認し胸を撫で下ろす。
俺は方向音痴だ。
それに、貧民街の町並みも発展していてどこへ向かえばいいか迷ってしまった。
よく考えて動けとか、そもそも話を最後まで聞けとか。
言いたいことはあったはずだが、救ってくれたラルカには礼を言わなければならない。
「ありがとな。おばさんを救ってくれて」
「え、ええ……。でも、守りきれなかった。貴方がいなければ、私は……」
「それを言うなら、お前がいなければおばさんの命が危なかった。俺にとっての、大事な人を救ってくれて、本当にありがとう」
「……っ!! そもそも、私は貴方がいたから……」
「深くは聞かない。とにかく、この場は俺に任せろ」
事情は分からないが、彼女はやはり俺に何かの接点を見出している。
俺の記憶にはないのが、少し申し訳ないが。
「大丈夫……なの?」
「ああ。俺はそこそこやれる。これくらい、危機でもなんでもない」
そして見据える。
オーラム・ジュペイン。
この国の『勇者』に選ばれた人間。
だが、俺もこの国で育ったから理解している。
ジュペインという血筋は、ここログレスヘルクにとっての宿痾だ。
場合によっては、最悪の選択をしなければならない。
俺がこの世界で生きていくことができなくなるほどの――
「ラルカと随分と親しいみたいだが、誰だテメエは」
「さあ、誰だろうな」
「貧民街の住人か? 今のは手品――じゃねえな。中々やれるとみえる。どうだ? オレに雇われないか。その餓鬼とババアを殺せば、オレの元で使ってやるよ」
「……」
絶句した。
当たり前のように、そんな提案を持ち掛けてくることに。
おそらくこの男に取っては、否定でも肯定でも構わないのだ。
こうして他者を虐げることを、何よりも至福としている。
対峙して分かる。
邪気なんて生温い言葉で言い表せない。
掴みどころのない不快感を覚える。
「お前のような下劣な奴に従う義理はない。ここから出ていけ。そしたら見逃してやる」
「まーたそのクチかよ。歪な正義感に酔いしれやがって」
オーラムは手を翳す。
それが、開戦の合図だった。
「なら、死ねや」
相手は騎士団長だっけか。
と、その部下が数人。
言葉はない。
ただ咄嗟に、先に砕いた剣とは違う大剣が手にあった。
そして、俺を屠るために動き出すが。
「なっ……!」
遅すぎる。
視界に入れると、胸に触れる。
殺しはしない。
けれど、この人は俺の恩人を、親を殺そうとした。
それが命であったとしても、許されることはない。
苦しみは、与える。
「
「が、ああああああああああ!!!」
――それで終わり。
鎧は一瞬で、見るも無残な鉄屑へと成り果てる。
その衝撃は、内部まで浸透する。
蜘蛛の巣のように、横暴に、全体へと衝撃が広がる一撃。
「がっ……」
男はヘタリと膝を付き、その衝撃で動けなくなる。
意識を保てているだけで、相当な実力者だろうに。
なぜ、こんなやつに従っているんだ。
「そう思わないか、オーラム・ジュペイン」
次はお前だと、オーラムを睨みつける。
「……テメエ、想像以上にやるじゃねえか!!」
高揚するその『勇者』は、俺への恐怖などまるで抱いていない。
「ますます欲しくなった。サービスだ。オレの右腕にしてやる。そいつらも見逃してやるよ」
「騙されないで! こいつはそう言って、この人達に手を出す。気まぐれに希望を与えて、絶望に叩き落とす! それが、貴方のやり方でしょうが!」
ラルカがオーラムに向かって吠える。
ああ、そうだろうな。
もとよりそんな提案、乗る気はない。
俺は決して、下手に出るつもりはない。
キースに追放を言い渡され、何も無くなったと思っていた。
俺は勇者になりたかった。
『聖痕』など関係なく、ただ世界を救う勇者になりたかった。
空っぽになった俺を、おばさんは優しく受け入れてくれた。
だから俺は、この街の住人を守る。
国を相手にすることになっても、おばさんを、リリーを、守る。
「その提案には乗らない。譲るのはお前の方だ」
「あ?」
ピクリと、オーラムの眉が動く。
怨嗟に塗れた視線と、交錯する。
「大人しく帰るなら、これ以上はやらない。そして、もう次はない。次に俺の前に現れるなら、お前を殺す」
「オレが『勇者』と知って、テメエは言ってんのか?」
「ああ。ただたまたま、『勇者』と選ばれたとしってな」
「ククク。面白い。いいぜ、ここにはもう危害を加えない。だが、次に会う時を楽しみにしてやるよ」
俺は内心で息をつく。
この場所でこれ以上やれば、きっと多くの人を巻き込むことになる。
オーラムは存外にこちらの提案を受け入れた。
それが逆に、気味が悪いと感じるが。
ただ、この場を収めるのが優先だ。
「ああ、最後に一つだけ言っとかなきゃなあ」
踵を返す騎士団の一行と、オーラム。
オーラムは振り返ることなく、一つ付け加える。
「ラルカ。今度の「中層攻略」、オレと北の『勇者』……キースだっけか。世界を救う"魔窟"への挑戦が開催される」
"魔窟"――それは世界最大のダンジョン。
広大な穴は幾つかの層に別れていて、各々にダンジョンボスが存在する。
全ての悲劇の元凶、ダンジョンを生み出すダンジョン。
"魔窟"の攻略こそが、人類の勝利に繋がる目的なのだ。
いや、今の俺にとってはどうでもいいことだ。
ただ――キースも参加するというのか?
中層は四層から六層に該当する。
かつて俺達は四層に入りすぐ、攻略を断念した。
敵の一体一体が明確に殺意をもって、迫りくるのだ。
俺達には、正確には俺以外をかばいきれないと判断した。
キースに対しては、思うところは少なからずある。
それでも、あいつは俺の親友だ。
あいつがそう思っていなくても、俺にとっては親友だ。
キースは中層に挑んで、無事に帰ってこれるのか?
胸に針が刺さったような、そんな不安が俺に生じる。
「他の参加者も歓迎してる。ラルカ、楽しみにしてるぜ?」
「……行くわけないでしょ」
「いいや、テメエは必ず来る。自分を止められないテメエはな」
「……」
オーラムは俺にも下卑た笑みを向ける。
「テメエも来るなら歓迎するぜ? 死体は多いほうがいいからなあ」
そんな不穏な言葉を残して、オーラムは去っていった。
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