「夏合宿」6

 9 篠原守




 篠原家は、坊主である。

 代々、由緒正しく寺の坊主を引き継いできた家だ。

 ご先祖様は坊主で、代々檀家さん達のご先祖を供養する為に法事を行い、葬式をして。墓を守って、生きてきたのだ。

 つまり。

 盆にご先祖様の魂がかえってくるのを迎えて、かえす。

 その際にも、来た間はもてなして、お酒やお花、線香に食事のかわりの供物をあげて、読経とともにお届けして。

 なんだかんだと楽しくすごしていただいて、また来年を約しておかえりいただくのが坊主の簡単にいうと仕事である。

 あるいは、あの世ですごす為の戒名という名をさずけたり、魂が落ち着けるように墓におさめたり。色々な仕事が坊主にはあるが、主としてそういういわゆる宗教行事が廃れてきているのは確かなことで。だから、坊主も檀家が減って、寺をやっているのだけではそうそう成り立たないので、寺を守る坊主が減ってきているのも事実であった。

 神社と同じく、寺も住職が兼任というか、普段は留守で、法事とか必要があるときだけ派遣されるなんてこともあったりしている。

 本山といったその宗派の総まとめをする総本山といった組織があって、そこで集団生活をして坊主を養成して、住職のいない寺に派遣などしているのも現実である。

 逆に、経済的になりたつ規模の寺は少なくなっているので、代々寺で勤めていても、継ぐ寺がなかったりすることになったりすることもある。

 なんにしても、世知辛い話ではあるが、宗教というか、習俗と言った方がいいものかもしれないが、そういった習慣を守る層が減り、需要が少なくなった結果、時代から取り残されたようにして廃れていくのもまた運命というべきなのかもしれない。

 というわけで、篠原の家は代々坊主だ。

本来なら、坊主がいく大学があり、そこへ行くように親にはいわれているのだが。跡取りではありながら、篠原は坊主として生きていくつもりはまったくなかったりする。いまも、実際、医者になる為に勉強していて、親の反対がどうであろうと、医学部へいって医者になるつもり満々なのだが。

 坊主と医者を兼任していたら、多分縁起でもないっていわれるよね、しかし。

 ふと、最近とみに重くなってきた家庭の事情、進学先と両親の希望と家の担ってきた役割が摺り合せ難しすぎです、といった問題がこんなときなのに脳裏に浮かんで考えてしまってから。

 あわてて、まわりからはのんびりとして聞こえる声で、篠原守は藤沢紀志の肘をつかんでとめながら、くちに出していたのだ。

「…ふっちゃん、もうすこし、――もーすこしでいいから、成仏してもらうのに、おだやかーにいくわけにはまいりません?」

「ならおまえがやれ。坊主の仕事だろう、成仏させるのは。私は神主の家系だ。神を祀り、荒魂におかえり頂く際に、穏やかに和魂になっていただくのはいいとしても、優しくとか隙を見せたら最後、持って行かれるぞ?」

 篠原にようやく目を向けて、厳しい視線でいう藤沢紀志に。

 篠原守が、がっくりと肩を落として息を吐く。

「そりゃー、神様だったらそうでしょうけどー。こちらは、多分、ふつーのひとだよ?かわいそうじゃないか、ひと相手に神様仕様の容赦ない攻撃なんて」

「攻撃というわけでもないが。そこまでいうなら、おまえ替われ、篠原」

「…はいはいはい、…――そりゃー、篠原ちゃん、ふっちゃんの重い期待になら全身全霊、こたえちゃいますけどね?」

「大丈夫だ、期待などしていない。重くもかるくもないぞ?」

「…――あああっ、非情なっ!その期待すらしてないっていう冷たさ加減!僕って、…ほんとーにふっちゃんの為に人生賭けてるっ、…!」

「どこがだ。一ミリも賭けていないだろう」

冷たい藤沢のまなざしに篠原がくちを大袈裟にむすんでみせる。

「…ひどいっ、ふっちゃん!0.5mmくらいはきっと賭けてる!」

「どこからそれが出て来たんだ。レーザーで測量でもしたのか?」

「レーザー光線は使ってません。…強いていうなら、カン?ちょっと何となくいいやすかったから?」

「いい加減だな、いつにも増して。で、これから、あれを一体どうするつもりだ」

 もう声が届くようにはみえないが、と。

 篠原守が藤沢紀志の視線を追って。

「そのようだねえ、…。ああして空に浮いて見えてるだけなら、放置したら駄目かしら」

「おまえ、人があれを祓い除けるのを邪魔しておいて、何を云い出す」

「えっと、…できれば穏便に引き取って頂きたいなーとか思ってお止めいたしたんですが、」

「敬語が型崩れして原形がないぞ?」

冷たく指摘して、藤沢紀志が改めて空を振り仰ぐ。

 白と灰の動かぬ沙漠。

 背景に夜を塗りつぶした漆黒に。

 無音の世界を背景に立つのは、藤堂と名乗った男。

 しかし、その姿は。

 動くのを、やめていた。

 その姿を仰いで、藤沢紀志と篠原守がこうしてながなが巫山戯た会話をしていても、微動だにしないのは、聞こえてもいないのか。

「まあ、そもそもどうしてこちらの声がきこえてるんだろうねーっていう、なぞなぞは存在するんだけどね?ふっちゃん?」

「それを云い出せば切りがないだろう。そもそもがあれは何だ?ああして見えてはいるが、それはわたしたちだけにか?それとも、振り仰げば誰にでも見えているものか」

「どうだろうねーって、あ?」

篠原守がふり向いて、とんでもなくあせった顔になる。

「…え?えっ?」

篠原守がふり向いた先。

 寺の本堂から、突っ掛けを履いて出て来たのは。

「あなたたち、暗くなってきたのに何してるの?もう中に入りなさい」

「あー、と」

 お姉さま、と。

こわばった顔で篠原がふり向いていうのに、冷静な藤沢が二人を共に視線に置く。

 寺の境内にいるのはこれで、三人。

 三人目が、守と藤沢をみてから、顔をふとあげて。

「―――――…。」

 かたまった。

 無言の視線は、どうやら、宙に浮かぶ沙漠に漆黒の背景と。

「…や、やばくない?ふっちゃん、…」

隣りにいる藤沢紀志だけに聞こえる声で篠原がいう。

 それに、淡々とかえす。

「他に何があると?」

あっさりと微笑とともに冷淡にするあ藤沢紀志が告げるのに。

 あちゃー、と額を手で押さえて、ぼくもう見たくないです、と篠原守が俯いて地面をながめる。

 宙なんて、みなきゃいいんだよね、本当は。

 地道に歩く地面だけみてればさ、と。

現実逃避をしながら篠原守が考える。

 その背から。

「…―――いった、い、…一体あれは、なんなわけ―――?!!!!」

 篠原守姉。

 要は、篠原家、守の姉である篠原真琴が。

 空が避けるような大声で、宙に立つ藤堂の塑像に似た姿を見あげて叫ぶのを。

 おれ、もう、…みなかったことにしたい。

「…うん、そうしよう」

つぶやいて、一歩一歩地道におれ歩むんだ、と。

「堅実に生きようおれ、これまでだって堅実だったけど!」

とこぶしを握りしめている頭を、思いきり後から篠原姉がはたくのは、既に様式美のようなものだった。――――




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