「鳥の飛ばない天地の挟間」9
「だからさー、ふっちゃんてば、いつだって、見切り発車っていうか、行き当たりばったりっていうか、…先のことどーでもいいっていうか、―――ああもう、まったくー!」
篠原が何かぶつぶつといいながら、それでも貝殻を入れた袋をぶら下げて、しみじみと手にしたマップに拾った貝殻の種類と場所と数、それだけを真面目に記入してから、もう一度つぶやく。
「…ぼくって、ひたすら山程、とにかくけなげ。―――…先生!できましたー!貝殻拾い、夏の思い出、海!海の思い出実習、完了です!」
元気に手をあげて、教師に海の実習として完成させた貝殻拾いマップを提出しにいく篠原をあきれて眺める。
その手が、ぎゅっと私の手首をつかんだままだが、何もいわないことにした。
周辺には、同じクラスの連中と引率の教師。何事も無い、極単純な教育実習の夏の海辺の光景だ。
鳥も飛んでいて、暑い日で、…極普通の夏の一日だ。
砂浜でまだ遊び足りないのか、打ち寄せる波に向かって、青春なのか何人かが叫んでいたりとするが。
「元気だな。」
夏の一日だ。
いつもとおなじ。
帰りに乗るバスに向かって、三々五々、集まりながら歩き出す。
砂浜には、生徒達が残した幾つもの足跡がある。
大川が手を振っているのを見あげたとき。
わたしたちは、もうひとつの世界をみてしまっていたのだ。
見て、しまったから。
引き込まれた。
幼稚園のときのあれと同じだ。あれのときは、あちらがこちらに来たが。
こうしたものは、みえてしまった相手に対して、みないふりをしていなければ、確実に取り込もうとしてくる。要は、反応が欲しいのだろう。迷惑な話だ。
しかし、今回は見えない振りをする以前の問題だった。
わたしたちは、大川にと視線を向けてしまっていたから、向こう側ではなく、こちらの大川に向けて反応を返してしまっていた。無理な話だ。
それが、向こうの基準で果たしてどのようにみえていたにしても、見てしまった瞬間に、二重写しになったその世界がともにみえてしまったのだけは、どうしようもない事実だったのだから。
反応を返したことで、そちらに囚われた。
どうにもならない。仕方の無いことだ。
その後は、どうにもならないままに、重戦車が現れ、DC-3、もしくはC-47――飛行機に乗せられ、―――。
物理法則が異なるのか、それとも単純に幻である世界ででもある為なのか。
現実では有り得ない世界の欠片の中に、わたしたちは囚われていた。
そう、囚われていたのだ。
そして、
「ふっちゃんー、あのさ。」
「なんだ。」
篠原が教師にマップを提出した後、返された貝殻の入った袋を軽く振りながら、隣でくちにする。
「…バイオレンスに破壊っていうか、ふっちゃんって、いつも、向こうのひとたちにつめたいよね、…。破壊しちゃうし。」
「…おまえ、破壊されずに、幻のまま挟間でただよい続けて永遠に滅びずに存在したいのか?」
私の問いに、篠原が難しい顔をして眉を思い切り寄せて宙を睨む。
「…――いやー、そういうのはちょっと、ご遠慮したいっておもいますけど―…。」
煮え切らずに、ちら、と難しい顔で困ったように私をみるばかに、軽く息を吐く。
「おまえ、本気で滅びぬままで、永遠を漂いたいというんだな?…止めないが。」
「いや、…!それはとめて!絶対とめて!…悲劇だから、かなしすぎるじゃん、焼きそばも、かき氷も、カレーライスも食べずに永遠に漂っているなんてー!…そんな悲劇を避ける為にも、ぜひ!ぜひ!ふっちゃんにはヒジョウに非情のライセンスで、ざっくりと情をまじえずにざっくり引導を渡してほしいです。」
「だから、そうしただろうが。」
「…まあそうなんですよね、ふっちゃん、非情のライセンスであの男(ヒト)、消してしまったんですよね、…。しってますけど。でもね、僕がそれでもいいたいのはね?」
「うっとおしいな、さっさといえ。」
篠原が、ちら、と私をみる。
「…まあさ、カレーライスも食べられずに永遠をさまようくらいなら、消してあげるのが親切だとは僕もおもうんですけどね。」
「…何がいいたい。」
「―――いーえ、…。でもさあ、安全第一って、今度はこれからもずーぅっと、記憶におっきくとどめておいてほしいんですけどね?…ふっちゃん、本当に、すぐ同情しちゃうんだから。…行動は非情のライセンスだけど。」
「うるさいな。」
「えー?…うるさくもなりますよ?僕って、ふっちゃんのお目付役だし?どう考えても、一緒に行ったら、ふっちゃんの行動次第でぼくのいのち、塵と消えちゃうかもしれないし?ていうか、今回、無茶するから、突然、あんまり突然、相手に急激な自覚なんてさせてるから、世界が突然壊れて、ボクタチ一緒に、こっち側に戻れずに死んじゃうかもしれなかったんですよー?死ぬのか消えるのかよくわからないけどー。巻き込まれにまきこまれたさいは、常にしんちょうにあいての意見をおだやかーにきいて、おだやかーにご納得いただいて、おだやかーにしんちょーにすすめないと、世界が崩壊するときに巻き込まれてこちらも崩壊してしまいますよーと、僕何度説明しましたっけ?」
こそこそとまわりに聞こえないように、しかし、私にははっきりきこえるようにぐちぐちと説教じみたぼやきを続けている篠原に、私は視線をちらと向けて、すぐに冷たくそらす。
つきあって居られない。
「ふっちゃん、…。ぼくが幼稚園のころから、実践している上でとっても大切な注意点をいつも大きく横紙破りで、無理無体に解消しちゃってくれてるけど、…。だからね?」
無視する。
「…ふっちゃんー!置いていかないでー!よよ、すてないでわたくしをー!」
よよよ、としなをつくりながら、バスに駆け込み私の隣をキープするばかに冷たいのを通り越してあきれた視線をおくる。
「何が置いていくなだ。ぐだぐだと。バスに乗らずに歩いて帰る気だったのか。」
私に説教を続けたあげく、バスに乗り損ねる処だったばかにあきれて目をすがめる。
「…つ、冷たいっ、!」
「当然だ。」
「えええーーーっ!」
驚いたように身を捩ってくちを器用にへの字に結んでみせる奴にあきれて息をつく。
「…終わらせるのに、強引にやったら、危険なんだよ?…まったく。…
ふっちゃんは、やさしすぎる。」
横を向いて、つぶやくようにくちにして。
それから、振り向いた篠原が顔をよせて、脳天気にあかるく怒ってみせている顔でいう。私をにらんで、むっとくちをむすんで。
「順序を踏んで、しみじみ相手に境遇を納得させてから、滅しないとだめ!まったく、…。うちは坊主ですけどね?神主のとこであるはずのふっちゃんの方が強引に始末をつけちゃうってどうなの。今後の事もあるから、やっぱりこんど、うちの方にきて、供養の仕方ちゃんとならおう?夏休みに合宿でもすればいいしー。」
「断る。」
「えーーっ?!そんな、一刀両断っ?切れ味良すぎっ!ふっちゃん!いつでもどこでも御霊退治がその方法ばっかりだったら危険だからー!家に来ようよ、夏合宿しよう?俺、本気で真剣におしえるしー。とうちゃんも、お師匠だって呼んでくるからー!」
「だから、断る。」
「そんな一刀両、断でーっ。」
まだまだあきもせずに嘆いている奴を横に、窓の外をみる。
夏空は、白い雲を流して、青く遠く続いている。
空には、鳥が飛んでいた。
平凡な、いつもの風景。
バスの窓に流れる景色。
「…――奴は。」
「ふっちゃん?」
篠原の問い掛けに応えず、無言で窓の外を眺める。
移る景色は、平凡でありきたりな日本の夏だ。
青空と白い雲に鳥が飛ぶ、ありきたりな景色だ。
世界は、とても単純にできている。
だから、―――。
奴は、消えたのだろうか。
月に人の住む世界にいたやつは。
挟間から現れた、人の誰もいない世界で。たったひとりで生きていた幽霊。
亡霊、あるいは唯の幻、もしくは、世界の残滓。
…その残滓が消えたら、世界は。
残滓のあることで生き残っていた世界は、その欠片はすべて滅んだのだろうか。
何もわからない。
世界がどんな風にあるのかなんて知らない。
藤岡が、あの男が生きてきた世界がどうなったのかなんて知らない。
世界がどうやって生まれて、消えていくのか。
あるいは、たったひとりの幻が残っていることで、世界の名残がまぼろしのように、もしかしたらそこには残っていたのかもしれない。
世界は、…滅ぶだろうか。
滅ぶとしたら、どうやって滅ぶのだろう。どうなったときが、滅びだろう。
その世界を憶えていたたったひとりが、消えてしまったそのときが。
世界の滅ぶ、最後のときだろうか。
考えてわかることではない。
「ねえ、――ふっちゃん?」
「なんだ。」
うん、と篠原がこどものように小さくいう。
「おれたち、今日も戻ってこれて運がよかったよね。」
「…ばかが。」
「えー、ひっどい。」
「無論だ。」
「ええー。」
くだらないことを、意味の無いことを少しばかりいいあって、私と篠原はバスを降りた。
学校に向かって歩いて。それから、世界はとても単純だと思う。
とても単純だ。
「篠原。」
「うん。なあに、ふっちゃん?」
篠原を隣に、私は歩く。
何がどうしてどうなったとか、難しいことはわからない。
それでも、ひとつだけ、単純だ。
世界がどんな風にできていても。
「期末テストの成績を誤魔化す為に、貴様の両親にいいわけする際に付き合ったりはしないぞ。」
「えええええええ―――――…!!!!!…ふっちゃん!おれの最後の命綱、ふっちゃん、一刀両断にする気、――――?!」
「勿論だ。」
ふっちゃん―――!と奴が涙目になって隣を歩きながら腕に取りすがって泣いてみせる。嘘泣きだが、多少悲愴さがあると思えるのは、演技力なのか。それとも、単に追い詰められているという背景がある為か。
奴の親が進める進学先と、奴が進もうとしている先は異なるのだが。異なる志望先を呑ませる為に奴自身が持ち出していた一定以上の成績の保持という条件があるのだが。
ばかな奴は、おのれが一番不得意にしている分野の成績まで、他と同様に保つと約束をしてしまっていた。
まあ、要は進学先を認めてもらうのに、成績が不足だったというわけだ。よくある話だ。
そして、それを何故か、私を夏合宿の名目で奴の実家へ連れて行くことで回避しようという、―――。
友達を合宿に連れて行った処で、そういう約束事がうやむやになるわけもないと思うが。奴のそのあがきと、うるさくいいつのるのを隣にして。
夏休みをどう過ごすのか、夏合宿はあるのか。
夏の名残の、貝殻を入れた袋を揺らす奴の手許をなんとなく見ながら。
ゆっくりと歩いていく。
学校はもう目の前だ。
もうしばらくしたら、宿題やらいろんなことを持って、夏休みが始まる。
夏の青空と白い雲をあおいで、私は奴の隣を歩く。
空には、鳥が飛び、まだとても暑かった。
鳥の飛ばない天地の挟間。
ここは違う。
「暑いねー、ふっちゃん!」
「そうだな。」
私は、あついー、と文句をいいながら歩く篠原の隣を、ゆっくりと歩いていた。
青空と、白い雲と、鳥の飛ぶ空。
貝殻を入れた袋をゆらして。
あついのに文句をいいながら歩く篠原の隣を、私は歩く。
世界はとても単純にできていると、そうおもった。
いま、世界はここにあって。
私は、篠原の隣を歩いている。
―――了―――
「鳥の飛ばない天地の挟間」
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