「鳥の飛ばない天地の挟間」2
「篠原。」
「あっ、よかった――、眼を覚ました、ふっちゃん、心配したんだよ、?」
「おまえのせいだな、今回も。」
「―――っ、なんでっ、眼を覚ましてなんでそれが第一声なわけ?俺じゃないよ、俺じゃ。第一、どうして眼を覚ましてすぐに何か起こってるみたいにいうわけ――?」
「何も起こっていないのか。」
「――――図星です。」
がっくりとうなだれてみせる篠原に冷たい目線をくれると、身体を起こして辺りを見渡す。
見えるのは、海岸。
「――――篠原。」
「はいっ、その、あのですねっ。」
「―――殺意を覚えるからそのおふざけはやめろ。おまえまた、ろくでもないことに私を巻き込んでくれたな?」
「あっ、ふっちゃんこわいっ、一人称が私になってる――こわいからやめて。」
「元々私の一人称は私だろう。」
「そ、そうなんですけどっ、そのっ、雰囲気作りとかっ、」
「ふざけるなといってる。ここはどこだ。」
人影のかけらも見えない海岸。地形は略これまでいた海岸と同じ。だが、決定的な違いがある。
生気。
生き物の気配というのが、見事なまでにこの海岸には抜け落ちていた。
「厄介事を招き寄せる体質だな。」
「どっ、どうしておれ?俺なわけ?だっておれ、今回は何もしてないよ?――多分、そのお、・・・・・」
語尾が段々怪しくなっていくのは、こいつにも自信が無いからだ。これまで、散々否定しておいて、結局きっかけがこいつだったと判明した事件を考えれば、最初から否定しようというのは非常に間違っている。
怪我がないことを確認して、それから砂丘を振り仰ぐ。
――確かに、今回は、こいつはなにもしていないかもしれない。
「あの、――ふっちゃん?」
「その呼び方はやめろといってあるだろう。」
――大川は、手を振っていた。
私は、そして振り向いた。
誰もいない海。
「それにしても、ここってどこだろうね?皆どこいったんだと思う?」
誰もいないことは、わかっていたのだが。
「ふーちゃん――?」
「殴るぞ。」
「殴ってからいうなよ――、いたいっ。」
頭を両手で抱えて大袈裟にいう奴をおいて、私は立ち上がった。
見渡す限り、私とこのあほ以外には誰も無く、生物の気配すらしない海辺。だがどうやら、神様がいるなら私達を見放しはしなかったらしい。
小さな、点。
黒い点は、近付くにつれ、形を露にする。
「ああっ!あれは、まぼろしの重戦車、無駄に強いと評判のエレファントにそっくし!感激だなあ、本物みられるなんて、けど、どーして砂場走れるの?実はこの海辺、軌道鉄板しいてあるとか?」
奴の無駄に詳しい述懐とかが、ある意味的を射ていたことに後になって気付くことになるが。――例の如く、実際ことが起こっているその場で役に立つ訳ではなかった。ので、私はそれを聞き流し、確かに奴のいう通り、あまりの自重の重さに自滅したといわれている重戦車が、どうして4WD車でも埋れそうな砂浜を自走してこれるのか、と思って眺めながら。
―――迫力のある砲頭が、私達に向けて静止するのを、眺めていた。
距離は十メートル、ばかでも外さない距離ではある。静止した重戦車は、あきれたことに恐らく森林地区用のオリーブグリーンの迷彩をしていて、白い砂浜からは見事なまでに浮き上がっていた。
「いやー、感激だなあ、88ミリ砲が間近で見られるなんてっ。でもデザート用の迷彩にしなきゃ―、リアリズムは追求できないよ、単色迷彩ってのがいまひとつだなー、」
にわか評論家と化してなにやら唸っている奴に突っ込みを入れる。
「別に単色が悪い訳じゃない。色が問題なだけだ。」
単色でも、周囲から浮きあがらなければ問題は無い。ようは迷彩の目的次第だ。
「何でも三色とか、冬季迷彩がいいとか、おまえは思っているようだが。」
「だってさー、どうせなら派手な方がいいじゃん?いろいろ塗ってあったほうが楽しいしさー、」
「目的をわきまえろ、目的を。」
「だってさ―、塗りわけられてるほうが、見てて飽きないじゃん、」
「飽きるとかそういう問題ではないだろう。ああいうものは、実用を計るべきだ。」
「そんなこといったってさ、この重戦車自体、やりすぎの役立たずっていうかさ、実用性を追求しようとしてて、実用性から離れちゃったってやつでしょう。」
「それはそうだな。自走するのに己の体重で沈まない道を事前に選ばなければならないなど、戦場で使うものとしては殆ど冗談だ。」
でしょ、でしょ、と奴が繰り返している。嬉々としてうれしそうだ。ちなみに、映研で第一人気の映画は、戦車ものである。
女子の入部が少ないのも、仕方ないかもしれない。
「いや―、しかし、でかいよねえ。」
当然だ。その中心に頂く8.8センチ砲、文字通り八センチ八ミリある口径から砲弾が発射される。その反動を支え、砲の自重でつぶれることの無い躯体。さらに無駄に厚いと評判の前方装甲。何れにしても重圧感や、でかさを感じる上に非常に都合がいいのは確かなことだ。
さらに、その砲頭が、こちらに向けられている。
「面白いじゃないか。」
「――ふっちゃん?」
私は薄く笑ったらしい。らしいというのはその自覚がないからだが、隣で派手に怯えて身を庇うふりをして、こっ、こわいよ、ふっちゃん、笑顔がこわいっ、などと訴えている奴がいるから、一応は笑ったのだろう。
確かに、笑うしかない事態ではあるが。
級友達はどこかへ消え、隣には能天気な奴一人。
何が起こったのかもわからないのに、目の前に砲門とくれば、楽しくならない方がどうかしている。非常にやる気を掻き立ててくれる状況だ。
「ふっちゃん?」
「下がっていろ。」
「ふ、ふっちゃん、無謀、―――っ、」
砲へ向けて歩き出す。
88ミリ砲は戦車の装甲も吹き飛ばす。人に当ったらどうなるかなど、考えるまでもない。
正面に砲門を睨みつけ、歩く。
歩いて、止まる。
睨み据える。
「ふっちゃん――、」
私は。
88ミリ砲の真黒い砲身に、――――。
「ふっちゃんっ!」
採取した貝殻の詰った袋を、投げ入れていた。
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