第2話 私が先輩と付き合って……どう思ってるの?

 彼女を自転車の後ろに乗せて誰にも見つからないぐらいに遠くにいければよかったけど、ぼく達は市内すら越すことができずに警察に補導されて家に帰った。


 遠くに行けなかったから、小学校を卒業して中学校に入学して陰毛が生えて声変わりもして、アイリに対する胸の痛みはあるのに彼女を避けるようになって、地元の高校に通うようになってアイリは先輩と付き合うようになった。


 彼女を自転車に乗せて2人で遠くの無人島に行くことができれば、今でも2人で手を繋いで生きているのかもしれない。ぼくが狩に行って、アイリがご飯を作って……みたいな妄想をするけど、それは現実的に無いか。

 ぼく達は無人島には行けないし、行けたとしても誰かの力が借りないと生きてはいけない。



 学校からの帰り道。

 同じ制服を着たカップル達がぼくの横を通って行く。

 空は青く、ぼくはセックスがしたかった。

 よく裸のアイリのことを考えた。ちょっと茶髪で胸があって腕が細い。

 彼女の服を全て脱がして、ぼく達は寄り添って舐め合って……みたいな妄想をする。歩いている今もしている。

 こういう妄想をしているから後ろめたくて、ぼくは彼女を遠ざけてしまった。


 先輩は彼女の裸を見ているのだろうか。弄っているのだろうか。舐めているのだろうか。

 萎えるなぁ。

 きっとぼくの妄想は現実にはならない。 


「ツトムじゃん」

 と後ろから声が聞こえた。


 振り向くと笑顔の女の子が、ぼくの後ろを歩いていて、どこからか金木犀の匂いが漂ってきて、胸がギュッと痛くなった。


 とぼくは言った。

「なにしてるの?」

 とアイリが尋ねた。

「学校の帰り道だけど」

 とぼくは言った。

「知ってる。同じクラスだし」

 とアイリが言う。

「最近、なにしてるの?」

「なんもしてない。そっちは?」

「私も」

「……先輩と付き合ったって聞いたよ」

「付き合ったよ。いいでしょ?」

 と彼女が言って、ぼくを見る。

「うん、まぁ、よかったね」

 とぼくが言う。

「久しぶりに喋ったね」

 と彼女が言った。

「そう?」

 とぼくは首を傾げた。

 彼女と喋るのは久しぶりだった。だから緊張して足が宙に浮いているような感覚になっていた。

「私が先輩と付き合って、……ツトムはどう思ってるの?」とアイリが変な質問をしてきた。


 どう思ってる?

 死ぬほどショックで、枕に顔面をつけて大声で叫んだ後にショックを納めるためにアイドルでエッチな妄想をして1人でしようとしたけど、天野アイリの顔が浮かんで、途中でアイドルからアイリの顔になってしまって、でも相手役は妄想なのに自分じゃなくて先輩の顔で、全然抜けなかった。

 コレがEDか、と思ったけど、夜にはエロ動画で普通に抜いた。


「ショックだった?」と彼女がぼくの顔を覗きながら尋ねた。

 まるでぼくのリアクションを楽しんでいるようだった。


「べ、別に」とぼくは言って、アイリから視線を逸らす。

「本当?」

「本当」

「アイリ、悲しいなぁ」と彼女が言った。


 友達と喋っている時は『私』と一人称を彼女は使う。

 だけどぼくの前では彼女はアイリと下の名前で呼んだ。

 もしかしたらぼくの前だけアイリと呼んでいるのかもしれない。だけどぼくだけが特別というわけじゃなく、先輩の前でも彼女はアイリと呼んでいるのかもしれない。

 だから一人称がアイリでも萌えない。

 

「なにが?」とぼくは尋ねた。

 先輩と付き合って彼女に悲しむ要素なんてあったけ?


「私が先輩と付き合って、ツトムが凹んで落ち込んでないことが、アイリはショック」

 と彼女が満面な笑顔で言った。その笑顔にはショックが微塵も隠されていない。ぼくのことをからかっているんだろう。


「なんで、ぼくが凹まないと天野さんが悲しいんだよ?」

「ツトムはアイリの初恋だもん」

 と彼女が言った。

 それが普遍的なことのように、そこにコンビニがありますよ、みたいな言い方で、彼女が言ったのだ。


 彼女の初恋?


 ぼくは今も初めての恋を捨てずに持っている。初恋と言われたのは嬉しいけど、それを捨て新しいモノを手にしたのは彼女の方で、アイリが落ち込むのは違うと思う。


「天野さんが先輩と付き合ったって聞いて、ぼくは落ち込んでるよ!!!」

 と怒鳴るように叫んでしまった。

 自分の声が大きくて、自分でも驚いてしまった。

 

 ぼくは怒っているんだろうか? でも思春期を理由にぼく自身が彼女を避けてなかったか? アイリの裸。成長した体。それがぼくを興奮させて、バレてはいけない妄想をさせて、彼女を避けてしまった。


 彼女を避けていた理由に、この妄想がバレたくねぇー、って思いがあった。

 それとは別に、小学生の時に遠くまで連れて行けなかった罪悪感みたいなモノもあって、胸の痛みが恋だと気づいても、彼女にアプローチできずにいた。

 

 同じ高校まで行ったのに、天野アイリは先輩と付き合って、勝手に遠くに行ってしまった。

 自転車で遠くに行きたかったのに、ぼくは彼女を連れて行くことができなかった。


「あっ、……ごめん」

 とアイリが呟いた。


「ごめん」

 とぼくは言って、アイリから離れるために早足に歩いた。


「待って」と天野アイリが言って、ぼくの腕を掴んだ。

「今日、お母さん夜勤なの。ウチ来る?」

 と彼女が尋ねた。

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