第34話 迷える子羊

怠惰な夏休みも終わり、学校生活が再開して早二週間が経った。僕はというと、まだコルセットは外せないが、だいぶ不自由なく生活出来るようになっている。


夏休みを境に、教室の雰囲気は少なからず変化をみせた。もちろん、明るい方にではない。教室に入ると、今まで感じることのなかった重苦しさが嫌でも伝わってくる。


クラスメイトの中には、そんな雰囲気に流されまいとおちゃらけている子もいる。それとは逆に、一日中ピリついた様子で、休み時間も参考書にかじりついている子がいる。


対照的な二人だが、抱えているものは一緒なのだ。今後の人生を左右しかねない大事な分岐点、高校卒業後の進路について、それを決めるタイムリミットは刻一刻と迫ってきている。


かくいう僕も、迷える子羊の一匹に過ぎない。僕の中で、プロのサッカー選手を目指すという目標は薄らいでいた。そうであれば、地元に残って進学するのもありではないか。それならば、京香と遠距離にならずにすむ。しかし……


僕は机の名から大学案内のパンフレットを取り出した。先日、サッカー部の監督に呼ばれ、体育教官室を訪ねたところ手渡されたものだ。それは関東のとある大学ものだった。


この大学はスポーツに力を入れており、サッカー部も強化クラブの一つ。サッカーに打ち込む環境としては申し分ない。今までにプロの選手を何人も輩出している。


監督は僕が卒業後もサッカーを続けるつもりであったことを知っていた。どうやら大学側と繋がりがあったようで、監督が話しを通してくれたのだった。進路選択の一つとして考えてみてはどうだ、監督にそう言われた。


怪我をする前の僕であれば、進学を即決していたであろう。それくらいの願ってもない話だ。


しかし、今となっては状況が違う。親とも相談させてください、そう言ってこの話は保留にしてもらった。


結局、僕はまだこのことを親に言い出せていない。親、特に父がこの話を知ると、大いに喜ぶことは目に見えている。僕がこの大学に進学するよう後押ししてくるはずだ。


腰を怪我して以来、僕のサッカーに対する情熱は冷めきっていた。それまで避けてきた炭酸飲料だって平気で口にしている。しかし、父はそんな僕の心境の変化になど気づいていない。


大学案内のパンフレットを机の中に戻す。監督には、大学側のスカウトとの兼ね合いもあるから、なるべく早く結論を出して欲しいと言われている。一人で悩んでいると無性にイライラしてきた。前に座るトッチーに話しかけようか、そう思ったが彼は英語の単語帳に集中している。部活を引退してからあまり運動していないのであろう、トッチーの背中は以前よりも肉がついたように見えた。

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