第31話 ベテラン看護師

一難去ってまた一難とはこういうことか。母の動きに神経を注いでいたあまり、こちらに対するマークが甘くなっていた。


「京香ちゃんは私の若い頃そっくり」


冗談が過ぎますよ、と心の中で突っ込んだ。


「あら嫌だ、もしかして疑ってるの?いいわ、今度私の高校時代の卒アル、持ってきて見せてあげるから」


この人の制服姿など想像もつかない。しかし、誰しもに青春時代というものはあったわけか。


僕と渡辺がベッドに腰掛け、ベテラン看護師は丸椅子に座っている。渡辺がいつものように訪ねてきていたところを、病室を通りかかったベテラン看護師に見つかったのである。まさか、本当に話しに入ってくるとは思わなかった。


ベテラン看護師は恋愛話に久しく飢えていたのか、僕たちの出会いから何から、根掘り葉掘り聞いてくる。早く仕事に戻ってくれないかと、僕は内心うんざりしていた。


「でも、折角の夏休みをこんなところで過ごしているなんて、可哀そうでならないわね」


何とかしてあげられないかと、ベテラン看護師は独り考え始めた。しばらくして、何か名案が浮かんだようだ。


「あまり大きな声では言えないんだけど」そう前置きしたので僕はベテラン看護師の方に耳を寄せた。


「今度の木曜日、隣町で花火大会があるでしょ。実はね、この病院の屋上、花火を観るのに絶好の穴場なのよ」


「そこって、誰でも入れるものなんですか?」


「昔は患者さんでも入れてたんだけどね。今は屋上への出入口に鍵がかけられちゃってるし、普通は入れない」


「普通は、と言うと?」


ベテラン看護師はにんまりと笑った。


「私がここで何年働いていると思ってるの。屋上の鍵くらい私ならどうにでも出来るってもんよ」


それを聞いて、僕は渡辺と顔を見合わせた。


「でも、わたし部外者だから……」


「この際、そんなこと気にしなくていいのよ。末永君だって、こんなおばちゃんと二人で花火見てもつまらないでしょ」


「ありがとうございます」


僕はベテラン看護師に最大限の感謝を込めて言った。渡辺もちょこんと頭を下げてお礼している。


「そうだ、京香ちゃんどうせなら浴衣着ておいで」


ベテラン看護師がナイス提案をしてくれた。


「うん、僕も渡辺の浴衣姿見てみたい」


それは以前から思っていたことだ。


「そうだね……考えてみる」


渡辺も頷いてくれた。


花火の予定も決まったところで、今日はお開きとなった。ベテラン看護師もそろそろ仕事に戻らないといけないらしい。


渡辺が帰った後、僕はベテラン看護師にもう一度お礼をした。


「真面目で良い感じの子じゃないの」


ベテラン看護師にそう言われると、何だか自分が褒められた感じがして嬉しかった。

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