第30話 思春期

手術から一週間が経過し、リハビリも順調に推移している。段差の昇り降りも問題なくこなせるようになってきたので、いつ退院しても良さそうなのだが、あと一週間の辛抱と言われた。


リハビリから病室に戻ると母の姿があった。僕の着替えの整理をしてくれている。


「ただいま」そう言って、僕はベッドに腰掛けた。母は何とも言えないにこやかな表情をして僕の顔を見てきた。だが特に口を開こうとはしない。


「何かあったの?」不審に感じ、母に尋ねる。


――してやられた。母は僕にそう聞かれるのを心待ちにしていたのだ。


「いやーさっきね、私が病室に入ろうとしたら、あなたのベッドの前に女の子の姿が見えたの。伊織のお友達かなと思って、声を掛けたんだけど、かえってその子を驚かせてしまったみたいで。名前を聞いたんだけど、答えないでそのまま帰られちゃった。何だか怪しい子だなって思ったんだけど、その子が病室を出る時、あなたが最近よく読んでる漫画本を手にしていたのに気づいて……前に伊織に漫画のこと聞いたとき、友達に借りてるって言ってたもんだから、てっきり男の子かと思ってたんだけど、どうやら違ったみたいね」


僕は目線を枕もとに移した。初めて見る表紙のスラダンが二冊置かれている。母の話を聞く限り、渡辺はすでに帰ってしまったようだ。せっかく来てくれたの、何だか彼女に悪いことをしてしまった。僕は母を恨んだが、当の本人は悪びれる様子もない。


「ねえあの子、本当にただのお友達なの?」


「友達でも何でも、母さんには関係ないでしょ」


「あら、そんな言い方しなくたって良いのに」


母はちょっと拗ねた感じで言った。母のこういった言動は少々癇に障る。どうやら僕はまだ思春期を抜け出せていないようだ。


母は病室を出て行ったかと思うと、しばらくしてまた戻ってきた。手には手提げ袋を持っている。


「はいこれ、今度その女の子が来たときに渡してあげて」


袋の中身は焼き菓子の詰め合わせだった。わざわざ近くの洋菓子店で買ってきたらしい。


「親御さんにもよろしくって伝えておくのよ」


母にはその女の子がただの友達でないことくらい、お見通しのようだ。しかし僕が母に彼女のことを紹介するのは時期尚早な気がする。今後は二人がばったり会ってしまわないよう注意しなければならない。


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