第29話 入院生活②

夕方になって、看護師さんが巡回に来た。僕の担当になっているのは、母より上の年代の中年女性である。明るい性格で冗談ばかり口にしながらも、仕事はテキパキとこなす、これぞベテラン看護師だ。


「そういえば、お昼過ぎくらいにお嬢ちゃんが尋ねてきてたでしょ?あれって、末永君のこれ?」


ベテラン看護師は右手の小指を立てて聞いてきた。正直に答えるのは恥ずかしいが、隠しても無駄な気がする。


「まあ、そんなところです」そう返しておいた。


「やっぱり」ベテラン看護師はにんまりとした表情を浮かべると続けて話し始めた。


「いや実はね、廊下のところで『末永君の病室はどこですか』って聞かれたのよ。何だかえらく緊張していた様子だった。きっとあなたに会うのにドキドキしていたのね」


「看護師さんに声を掛けるのに緊張していただけですよ」


「あら嫌だわ。私こんなに話しかけやすい雰囲気しているのに」


今の発言は冗談と捉えるべきか?


「まあ、そうですけど」とりあえずの相槌を打っておいた。


「ガールフレンドを呼ぶのは構わないけど、ここ一応病院だから、節度を持った行動、ね?」


節度を持った行動とは、具体的にどこまでなら許されるのか。少し気にはなかったが、僕と渡辺の間では心配するに及ばないであろう。


「大丈夫ですよ。僕らプラトニックな関係なので」


「プラトニックって――」


ベテラン看護師は口に手を当てて笑い出した。実のところ僕はプラトニックという言葉の意味をよく理解していないのだが、そこそこウケたようなので良しとしよう。


今度その子が来るときは私もお話しに混ぜてね。ベテラン看護師はそう言うと、次の患者さんの巡回へと向かった。


僕は別に、ベテラン看護師のことが嫌いなわけではない。でもやっぱり、若い看護師さんの方が良かったかな。ふと、そんなわがままを思ったりする。



翌日から渡辺は毎日僕を訪ねて病院まで来るようになった。毎回、スラムダンクを二巻ずつ持ってきてくれる。僕は嬉しい反面、さすがに申し訳なさを感じ、無理して来なくていいからと伝えたが、渡辺は「大丈夫だから」と返すばかり。それで僕も、彼女のお言葉に甘えることにした。


周りの同級生たちが、「この夏の頑張りが受験の合否を左右する」と参考書に食らいついている中、僕が手にしているのは漫画本だ。数日前、サッカー部のキャプテンがお見舞いに来てくれた時、僕が漫画を読み耽っているのを見て、呆れ顔をされた。


しかし、僕が読んでいたのがスラムダンクとわかると表情を一変。実はキャプテン、スラムダンクの大ファンだったのだ。なるほど、彼の熱いハートの原点はここにあったのか。その後のキャプテンのマシンガントークで、彼のスラムダンク愛は痛いほど理解できた。


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