第28話 入院生活
怪我をしてからちょうど一週間後、僕は腰の手術を受けた。先生によると手術は問題なく終わったらしい。翌日からさっそくリハビリが始まった。最初は手すりを補助にしての歩行トレーニング。正直、補助なしでも歩けそうだったが、看護師さんに焦りは禁物とたしなめられた。
リハビリが終わり、病室に戻る。こんな生活があと二週間も続くと思うと、ため息をつかずにはいられない。窓の外は夏の日差しが照り付けている。そういえば、僕の高校は今日から夏休みに入ったのであった。
スマホを手にしてLINEを開く。手術が無事に終わったことを、みんなにまだ報告していなかった。サッカー部のチームメイト、クラスメイト、いろんな人が心配のメッセージを送ってくれている。
ただその中に、渡辺は含まれていない。僕は学校を一週間休んだわけで、彼女が僕に何かあったことを気付いていないわけがない。普段、渡辺とのLINEのやり取りは僕からメッセージを送ることがほとんどとはいえ、こういう時くらいは彼女からメッセージを送ってきても良いのではないか。受け身な性格にもほどがある。
そもそも、渡辺は僕のことなど好きではないのかもしれない。薄々感じていたのだ。渡辺が僕の告白を受け入れたのも、単に断りづらかったから。思い返してみれば、渡辺と付き合い始めてから今まで、彼女から愛情表現を受けたことがあっただろうか。
これから受験に向けて、お互い忙しくなってくる。もうこの辺で別れた方が二人にとって良いのかもしれない。そんなことを考えていると、病室に誰か入ってきた。
噂をすれば影が差すとでも言うのか、そこに立っているのは渡辺だった。ワンピース姿の彼女は僕に気づくと、何だか申し訳なさそうに近づいてきた。
「ごめんね、急に来ちゃって」
「本当だよ、びっくりした」
僕は渡辺にベッドに腰掛けるよう促したが、彼女は遠慮して立ったままでいた。
「大変だったね」
「いや、別にそこまで大したことないんだよ。もう歩こうと思えば歩けるし。だから、そんに心配しなくて大丈夫だから」
「そう……でも無理はしないでね。これ、お見舞いと言ったら何だけど」
そう言って、手に持っていたプリンを渡してきた。病院に来るまでの途中、コンビニで買ったらしい。袋を貰わずそのまま手に持っていたせいか、容器がぬるく感じた。
「ありがとう、めっちゃ嬉しい」
「今度来るとき、また何か持ってくるね。持ってきて欲しいものとかある?」
「そうだなー、病室いてもほんと暇なんだよな……漫画とかあったら嬉しいかも」
「じゃあ、前に観に行った映画あったでしょ。あの原作本とかどう?」
「んー、恋愛漫画かぁ。スポーツ系の方が良いなぁ。例えば、スラムダンクとか」
さすがに渡辺はスラムダンクなんて読まないか、そう思ったが、意外な反応が返ってきた。
「スラムダンクならたしか家に全巻置いてる」
「えっ⁉」
驚いたあまり、腰に痛みが走ってしまった。どうやら、渡辺のお父さんが集めたものらしい。彼女自身は読んだことないそうだ。次に来るときに、何冊か持ってきてくれると言ってくれた。
「じゃあ、あんまり長く居ると迷惑だと思うから、そろそろ帰るね」
長くと言っても、まだ十分も経っていないではないか。引き留めたかったが、そうする術がない。
「渡辺――」
僕は帰ろうとする彼女の背中に呼びかけた。渡辺は足を止め、僕の方を振り返る。
「明日も来て欲しい」
渡辺は少し考えるような仕草をしたが、「うん」と頷いてくれた。
「じゃあ、また明日」
彼女はそう言って、病室を去って行った。
僕は一人残ったベッドの上で、幸福感とわずかな罪悪感を覚えていた。渡辺に明日も来て欲しいと言ったのは、彼女を試してみたことに他ならない。彼女の家から病院まで、近いとはいえない距離がある。そんな中で彼女が僕の要望に応えてくれるなら、それは僕に対して愛情があるという、何よりの証明になるではないか。
本来なら、無理して来なくて良いよと、今からでも彼女に伝えるべきだ。受験生でもある彼女の大切な時間を無駄にさせてはならない。しかし、わかっていても出来なかった。僕は毎日彼女の顔が見たい、会って話しがしたい。
入院してからというもの、僕の精神はすっかり弱まっていた。今の僕を救ってくれるのは、彼女しかいないのだ。だからどうか、僕のわがままを許してくれないだろうか。彼女から貰ったプリンに向かって僕はそう呟いていた。
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