第25話 報われない努力

どうやらサッカーの神様など存在しないらしい。存在したとしてもそれはとても意地悪なやつに違いない。僕は立ち上がることが出来なくなった。精神的にというわけではない、肉体的に、だ。僕は今、病院のベッドで横たわっている。


夏休み前最後の定期試験、その最終日が無事終了し、午後からは久々の部活であった。全体練習は軽めのメニューで終わり、その後はいつも通り自主練へと移る。壁に向かってのシュート練習、もちろん左足メインで行っていた。


もう一か月以上、部活が休みの日でも自主練を欠かした日はない。特に試験期間中は、勉強そっちのけで何時間もひたすらにボールを蹴っていた。その甲斐あってか、左足でのシュートもだいぶイメージ通りに放てるようになった。


努力の成果が目に見えて感じられると、疲労のことなど忘れて練習にのめり込んでしまう。それが不味かったのだ。このところ、シュートの動作をすると腰のあたりに違和感を覚えるようになっていた。しかし、痛みが伴うほどではない。少し張っているだけだろう、そう高を括ってしまった。


「伊織先輩、ぼくこの辺であがりますね」


隣で自主練をしていた後輩が先に一区切りつけた。僕もそろそろ切り上げるとするか、そう考えながらボールをセットする。今日の中で一番のシュートを打って終わろう。試合さながらの集中から左足で思い切りボールを蹴り上げた。


その瞬間、腰に稲妻が走った。僕はそのまま倒れ込んでしまい、その場から動くことが出来ない。動こうとすると、腰に強烈な電気が走るのだ。僕の異変に気づいた後輩が、急いで駆けつけてくるのがわかった。


結局、僕は練習着のまま救急車で病院へと搬送された。母もすぐに病院まで足を運び、その日のうちにCT検査を受けることになった。


救急車もそうだが、車椅子に乗ったのも生まれて初めてだ。看護師さんに押されて、僕は母と共に診察室へ入った。先生から言い渡された診断結果は、腰椎分離症。要するに、腰椎が疲労骨折したのである。先生は僕がサッカーをしていると聞いて、すぐに怪我の原因を特定した。ボールを蹴るときの捻りの動作が腰に負担をかけ、それが蓄積された結果、骨が耐えきれなくなったのだ。


先生は僕の怪我の状態についてさらに詳しく説明してくれたが、僕の頭には何も入って来なかった。ただ他人事のようにぼんやりと、モニターに映し出された腰のCT画像を眺めていた。


「息子さんは今度もサッカーを続けるご予定で?」


先生は母に向かって質問したが、母は返事に困った様子。


「どうなの?」と僕の顔を覗いてきた。


「一応、高校を卒業してからも続けるつもり……ではいました」


「それならば、今のタイミングで手術に踏み切るというのもありかもしれません。固定による安静でも治ることには治るのですが、競技を続けるとなると再発の可能性が高くなってきます。再発した場合、今よりも症状が重くなる、それこそ選手生命に関わるといったことも否定できません。手術をした場合、怪我の再発リスクをある程度下げることが期待できます」


『手術』この言葉を聞いて良い印象を抱く人などいないだろう。僕も無意識に身体がこわばった。


「手術をしたら、治るのが早まるんですか?」


僕はそう聞いた。


「保存療法と手術を行う場合とで、完治までの日数に変わりはありません。どちらのやり方をとっても、完治までには二ヶ月から三ヶ月を要することとなります。また手術を行った場合、術後二週間程度は入院が必要です」


完治までには二ヶ月から三ヶ月を要する――


僕は頭を抱えそうになった。選手権予選まで残り二ヶ月を切っている。間に合わない。どうあがいても間に合わないではないか。


「手術をするかどうか、今ここで判断しろと言われても難しいと思います。ご家族でよく話し合われた上で決めていただければと思います」


「わかりました」そう答えたのは母である。僕も先生に対して、何か一言くらいあっても良かったのかもしれない。しかし、何も発する気になれなかった。むしろ、僕はこの先生に苛立ちすら感じている。こっちの気も知らないで、治るまでに二三ヶ月かかると平気で言い放った。それじゃあダメなんです、もっと早く治してください。懇願して先生を困らせてみたかった。 

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