第24話 左足の可能性

全体練習が終わると、練習着もスパイクも泥だらけになっていた。泥を落としてから洗濯機に入れないと、母さんに文句を言われるな、わかっていても家に帰ると忘れてしまうのである。


今日の居残り練習はやめておくか。泥で重くなったスパイクを手にすると、やる気も失せてしまう。早く帰ってシャワーを浴びたい。僕の気持ちは帰宅モードに傾いていた。


しかしその時、僕の視界にキャプテンの坊主頭が飛び込んだ。そんな甘い気持ちでいてはダメだ、今日みたいな日に自主練をするから意味があるのだ。僕はアップシューズから泥まみれのスパイクに履き替えた。


ボールをドリブルしながら、壁当ての練習に向かう。


「僕も一緒にやって良いですか?」


そう聞いてきたのは、二年生の後輩だ。坊主頭信者ではない。


「もちろん」


そう答えると、僕の隣で壁当てを始めた。


インターハイ予選が終わってから、チームの雰囲気が明らかに変わった。このままではいけない、そういった危機感がチームに芽生えたのだ。全体練習の後に居残りで自主練する人も目に見えて増えている。


また、例年と異なるのが三年生。毎年、インターハイ予選を区切りに部活を引退する部員が何人かいるのだが、今年はゼロだ。今までの大会で試合に出られなかった選手も、今年のチームなら選手権予選にメンバー入り出来るのでは、そういった考えもあるのかもしれない。


しかしそれ以上に、ここで辞めて不完全燃焼のまま終わりたくない、というのが部に残る理由としてあると思う。今年に入ってからの大会成績には三年生の誰一人として満足していない。やはり最後は、納得のいく形で終わりを迎えたいのだ。


チーム全体の意識が高まっている中で、僕ものんびりしてはいられない。現に今まで僕の指定席だったフォワードの位置は、いまや空席となっているのだ。チームメイトがアピール合戦を繰り広げている。僕も負けてはいられない。


しかしその中で、どうしてもイップスが足枷となっている。これさえなければと思うのだが、ただ悩んでいても仕方がない。僕は最近、イップスの症状が現れない左足でのシュート練習に力を入れている。いやむしろ、左足でしかシュート練習をしていない。


「伊織先輩って左利きでしたっけ?」


「いや、右が利き足だけど」


「ですよね、でも今見てましたけど、左足からのシュートも十分威力あるじゃないですか」


「そう言ってもらえると嬉しい。あとはコントロールだけかな」


僕自身、左足からのシュートがだいぶさまになってきたことを実感している。選手権予選が始まるまではまだ二ヶ月以上残っている。あとは精度を高めれば、試合でも十分使えそうだ。


サッカーにおいて、両方の足からそれなりのキックが放てるプレイヤーというのは価値が高い。イップスになっていなければ、左足の可能性に気づけていなかっただろう。サッカーの神様は、意味のある試練を僕に与えてくれたのだ。


長いあいだ暗闇の中で苦しんでいたが、ようやく光が射し込んできた。あとはもう、その光の方に向かって突き進めばいいだけだ。


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