第22話 お祭り④

みんなの焼きそばが空になったところで、再び雑踏の中に向かうことにした。僕とトッチーにとって、焼きそば一つは腹ごしらえに過ぎない。トッチーに至っては、焼きそばを完食した直後に「お腹空いた」と口にする始末だ。


広場を出て大通りに戻ると、周りの明るさに一瞬目が眩みそうなった。相変わらず人通りは多い。四人並んで歩くと邪魔になるので、前後二人ずつのフォーメーションをとらざるを得ない。勿論、前に女子二人、後ろに男子二人だ。


「とりあえず、何か飲み物欲しいな」


「わかる、めっちゃのど渇いた。なあ、どっかでジュース買おうぜ」


トッチーが前を歩く二人に投げかける。そうすれば、あとは二人に付いて行けば良い。道案内は彼女たちに任せている。


彼女たちのおかげで無事、飲み物の屋台に着いた。氷水の中でペットボトル飲料が冷やされている。果たして僕のお目当ての物はあるだろうか。店主に尋ねると、氷水の中からサッとすくい出してくれた。


みんなの分が買えたところでまた歩き出す。僕はさっそくペットボトルのキャップを空け、口に持っていく。


「末永、それよく飲んでるよな。美味いの?」


トッチーは僕が持っているブレンド茶を見て、そう聞いてきた。彼は炭酸飲料を手にしている。


「あー、まあ美味いかと言われたらだけど……」


僕がどう答えるべきか考えていると、相本が振り返ってきた。


「サッカーのためだもんね?」


「サッカーのため?どういうこと?」


トッチーは相本が言っていることに理解できていない様子。ここは僕が正直に答えたほうがいいだろう。


「甘いジュースとか、あんまり飲まないようにしてるんだよね。飲んだら体力が落ちる気がして。ちなみにこれはカフェインも入ってないから睡眠にも影響を与えない。疲労を回復させるには睡眠が大切だから」


なるほどね、トッチーは今ので納得したようだった。


「サッカーのためにそこまで考えてるなんて凄いよね。悠人も少しは見習ったどう?」


「俺はいいの。バレー部も引退したことだし、何食べようが、何飲もうが関係なし」


そう言って彼は、炭酸飲料をグビっと一口した。


「末永はいつまで部活続けるの?」


トッチーがゲップ交じりに聞いてきた。


「僕の場合、選手権が最後の大会だからなー。早くても九月、仮に全国大会まで行ったら年明けまで部活続けることになるかも。去年の先輩は十月まで残ってた。」


「うわー、サッカー部大変だな。受験勉強大丈夫かよ」


「別に三年生全員が最後まで残るわけじゃないからね。ベンチ入り出来そうにないメンバーは、選手権の前に引退していく感じ」


「それで末永は最後まで残りそうなの?」


「当たり前でしょ、伊織君はサッカー部のエースなんだから」


相本が代弁してくれた。それを聞いてトッチーは、「大変だな」とだけ呟く。


確かに、受験勉強と並行して部活を続けるのは大変なことだと思う。去年の先輩達は、試合会場にまで参考書を持ってきて、合間を縫って勉強していた。そうまでしないと勉強量が追いつかないらしい。


ただそういった人は、高校でサッカーを辞めるか、続けたとしても高い競技レベルの環境には身を置かないかのどちらかだ。僕は大学でも第一線で、それこそプロを目指せるような環境でプレーを続けようと思っている。そのためには、良い結果を残してスポーツ推薦を貰うことが重要だ。サッカーの強豪といわれる大学だと、スポーツ推薦とそれ以外の方法で入学した場合とでは、入部してからの待遇に差が生まれる。


僕は最初からスポーツ推薦を当てにしてきた。正直、勉強に関してはテストで赤点を免れる程度にしか力を注いでない。僕はある意味で自分の逃げ道を塞いだのだ。その代わり、何としてもスポーツ推薦を貰わなければいけない。そのためにはジュースくらい我慢出来るのだ。


僕にはプロのサッカー選手になるという夢がある。このことは周りの人には公言していない。夢が大きいほど、それを口にするのは憚られる。ただ僕の胸の中では、小さい頃から変わらず、ずっとそこを目標にしているのだ。


僕と一緒に歩いているこの三人には、何か本気で目指しているものがあるのだろうか。おそらく無いのであろう。なんとなくこの高校に入って、流されるままに卒業していく。僕は別に、それを悪いことだとは思わない。むしろ羨ましく感じている。目指すものもなく、悩みも背負わずに、気楽に生きる。そう、僕はただ羨ましく感じているだけだ。

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