第20話 お祭り②
屋台がズラリと並ぶ大通りに出た。この大通りはお祭りの期間中、歩行者天国となっている。とっぷり日が暮れて、人の往来が激しくなってきた。さっきまでのように間隔を空けて歩いていたら、間違いなくはぐれていただろう。
「トッチーは背が高いから人混みでも息苦しさとか感じんでしょ?」
「まあ、別に息苦しいとは思わんな。かといって、人混みが好きなわけでもない」
トッチーがいれば、はぐれても目立つから安心だな、そんなことを思った。さっきから四人固まって歩いているが、僕の会話相手は相変わらずトッチー一人だ。渡辺と相本は、ずっと二人で盛り上がっている。
僕も渡辺と話がしたい、トッチーだって相本と喋りたいはずだ。このままでいいのかよ、僕はトッチーに目で訴える。トッチーは僕が思っていることを察したようだ。俺に任せろといった感じで頷いてくれた。
「みんなそろそろお腹空かない?」
トッチーの呼びかけに女子二人の会話が止まった。トッチーが僕の意図を汲んでくれたかは怪しいが、結果オーライだ。
「早くない?まあ、悠人が我慢できないっていうなら何か買おうか」
トッチーが下の名前で呼ばれているのが何だか新鮮に感じる。まあ、カップルなのだからそれが当然といえば当然だ。
「末永は何か食べたいものある?」
トッチーに聞かれて、何が良いかと屋台を見回す。祭りの雰囲気も相まって、どの屋台も魅力的に見えてくる。
「そうだ、焼きそば食べておかないとね」
相本が何かを思い出したかのように口を開いた。トッチーと渡辺も確かにそうだ、といった感じで頷いている。
「あれ、なんかあったっけ?」
焼きそばと聞いてピンと来てないのは、僕だけらしい。他の三人はそんな僕を覗き込むように見てくる。
「ほら京香、彼氏に教えてあげなよ」
見かねた様子の相本が渡辺に振った。
「文化祭」
渡辺の一言で、何のことかようやくわかった。今年の文化祭でうちのクラスは焼きそばの模擬店を出すことに決まっているのだ。文化祭の前に、ここでプロの味を確かめておこう、そういうことである。
「伊織君はクラス愛が足りてないんじゃない?京香を愛してばっかりで」
余計な一言を付け加えてせいで、相本は渡辺にバシバシ叩かれている。
焼きそばの焼ける音と鉄板を打つヘラの金属音とが心地良い調和を生んでいる。この屋台はおじさん一人で切り盛りしているようだ。さすがの手さばき、素人には到底真似できそうもない。具材はキャベツのみと至ってシンプル、その代わりソースが濃厚な気がする。
僕の横でトッチーは、おじさんが調理する様子をスマホで撮影している。彼は模擬店の調理担当だ。あとで動画を見返して研究するらしい。
「どう?少しは勉強になりそう?」
焼きそばを二つ手にした相本にそう尋ねられた。僕とトッチーが焼きそばの調理風景を観察している間、女子二人が僕らの分まで買っておいてくれたのだ。僕は渡辺から焼きそばを一つ手渡された。
「向こうの広場に行って食べようか」
僕はそう提案した。慣れない下駄に足が疲れてきている。どこかで腰を下ろしたかった。
「しかしこの量で四百円って妥当なのか?」
トッチーは焼きそばの入った容器を顔の前に掲げている。
「そんなもんでしょ。うちらは確か、三百円で売るって話よね」
相本の問いかけに、渡辺が頷いている。
「あれ?そういや割り箸が見当たらない」
「うそ?私のはちゃんと付いてるけど」
トッチーと相本が話しているのを聞いて、僕も自分の分を確認する。大丈夫だ、容器に輪ゴムでしっかりと挟まれている。
「京香の分には付いてる?」
相本が尋ねると、渡辺は容器をぐるりとさせた。
「――ない、かな」
「まさかあのおじさん、うちらが一人で二つとも食べると勘違いしたのかな」
「あの親父しっかりしてくれよー」
トッチーがぼやいた。
「しょうがない、箸貰いに戻るか」
「私は、別にいいかな……」
「別にいいって、それじゃあ食えねえだろ。渡辺の分も貰ってくるよ」
「いや……やっぱり私も行く」
先に広場に向かってて、トッチーはそう言うと、渡辺と二人で焼きそばの屋台の方に戻って行った。
僕の割り箸を渡辺に渡せば良かった。こういう時、咄嗟に気の利いた判断が出来ないのだ。おかげで気まずい状況を作り出してしまった。
「行っちゃったね」
相本がポツリと言った。
「とりあえず、広場の方行こっか」
僕はそう言って、体の向きを変えた。相本と並んで歩き始める。相本とこうして二人きりになるのはいつぶりだろうか。たぶん、彼女に告白されて以来だ。あれから一年が経とうとしている。
あの時、僕が相本の告白を受け入れていたらどうなっていただろう。付き合っていたとして、長く続いていただろうか。相本と渡辺は正反対の人間だと言っていい。相本と付き合っていたら、渡辺といる時とはまた違う光景を僕は見ていたことだろう。
周囲の喧騒とは対照的に、僕と相本の間には沈黙が流れている。相本は自分から進んで話をするタイプだ。僕は彼女が何か言ってくるのを待っていた。だがこういう時に限って、彼女は口を開いてくれない。
相本は何を考えているのだろう。僕は気になって、彼女の方をチラッと見た。彼女は僕が顔を向けてくるのを予期していたのか、互いに真っ直ぐ目が合った。相本は吹き出したように笑う。
「何が可笑しいの?」
「いやー、ごめんごめん。何だか伊織君が全然話しかけてくれないから、どうしようかと考えてたの。そしたらいきなりこっち向いてきたもんだから、しかも気まずそうな顔して」
「そんなに顔に出てた?」
「出てた出てた。私それで思ったの、伊織君も私と同じことを考えてたんだろうなって」
「――ごめん」
「謝らないでよ」
相本はさっきまでとは打って変わって切ない顔で僕の方を見た。彼女は相変わらず表情豊かである。そしてそれが、彼女の魅力でもあるのだ。
広場の入り口に到着した。トッチーと渡辺が来るまで、中には入らずここで待つことにする。
「今更だけどさ」
相本が口を開いた。
「うん」
「京香の前で伊織君って呼ぶのは良くないよね」
「あー、確かに」
言われてみればそうかもしれない。彼女である渡辺が僕のことを名字で呼んでいるのに、相本が僕のことを下の名前で呼ぶのは変な感じがする。しかし、相本は僕と仲良くなった当初からその呼び方をしている。相本にも他意はないはずだ。
「トッチーが渡辺のことを京香って呼んでたら嫌かも」
「それはあり得ない話だけど、でも同じようなことだもんね」
トッチーと渡辺が戻ってきて、二人が急に仲良くなっていたらどうしよう。いや、それはそれで面白いかもしれない。
「でもどうして京香と伊織君は、未だに上の名前で呼び合ってるの?」
「どうしてって言われても……」
その通りなのである。僕と渡辺が付き合い始めてから何か月経とういうのか。どこかのタイミングでお互い下の名前で呼び合うときが来るのだろう、そう思っていた。僕らはそのタイミングを未だ掴めていない。
「こういう言い方をしたら失礼かもしれないけど」
相本は何やら真剣な表情になった。
「京香と伊織君って付き合ってる感じがしないんだよね。なんか二人の間に距離感を感じるというか」
「距離感なんて、その人たち次第だよ。僕らには僕らなりの距離感っていうのがあるの」
「それって、京香も同じ風に考えているのかな?」
今の言葉は少し痛かった。それじゃあなんだ、渡辺は僕ともっと距離を縮めたいと思っているのか。
「中学生のほうがまだましな恋愛してるよ」
相本にとどめの一言を刺された。はいはい、僕らは中学生以下ですよ。僕はすっかりいじけてしまった。相本もさすがに言い過ぎたと気づいたらしい。
「別に伊織君が悪いって言ってるわけじゃないからね。むしろ問題があるのは京香の方よ。昔から自分の意見を口にするのが苦手で、周りに流されてばかりなんだから」
相本は、何か二人の距離を縮める良い方法はないかしら、と口元に手を当てて考え始めた。しばらくして、彼女の頭の上の電球が光った。
「私と悠人もやってるんだけどさ、お揃いのグッズを身に付けるっていうのはどう?」
それはただの匂わせというやつではないか、僕はそう突っ込みたかった。
「例えば、どんな感じで?」
「うちらの場合は、通学用のリュックにお揃いのキーホルダーを付けたりしてる。やってみると楽しいよ。私、そういうの結構好きなんだよね」
「まあ、考えてみようかな」
そう答えたものの、まったく乗り気でない。渡辺がしたいというなら話は別であるが。
正面の方から浴衣姿の背の高い男が歩いてきた。その後ろに隠れるようにして、私服の女の子も付いてきている。
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