第19話 お祭り

浴衣を着て出歩くのなどいつぶりであろうか。母は、僕がまだ幼い頃に家族揃って浴衣を着てお祭りに行った時のことを覚えていた。その時父が着ていた浴衣を、僕が今、身に纏っている。


「おっ、末永決まってるじゃねーか」


待ち合わせの公園前に、トッチーは先に着いていた。


「トッチーも良い感じに似合ってる」


一八十センチあると言っていただろうか、スラっとした体型のトッチーは浴衣姿も様になる。着ている浴衣は、この日のためにレンタルしてきたそうだ。


「やっぱこの祭りは、浴衣で来ないとな、私服だと逆に浮くんじゃないか」


たしかに、そこらのお祭りと比べて、浴衣を着て参加する人が特段多いのではないか。毎年6月の第一週、金曜日から日曜日の三日間に渡って開催されるこの祭りは、浴衣で歩こうがコンセプトである。まちの三大祭りの一つとあって、賑わいもひとしおだ。


「あの二人ももうすぐ着くってさ」


トッチーがスマホを確認して言った。あの二人とは、渡辺と相本のことだ。今日は四人でダブルデートということになっている。このメンバーで集まるのは今回が初めてだ。


「二人の浴衣姿も楽しみだな」


トッチーはそう言って、僕の方をチラッと見てくる。まあ、楽しみにしてないこともないかな、僕はそういう顔をトッチーに見せた。


僕たちの前を浴衣姿の女子達が通り過ぎていく。僕がこの祭りに参加するのは中学生の時以来だ。高校に入って、去年、一昨年はインターハイ予選と日程が被っていて、参加しようにも出来なかった。今年は早々と敗退してしまったので、皮肉なことにも予定が空いていたのだ。


トッチーの言った通り、今日この場所においては、私服姿の人の方が浮いて感じる。今まさにこちらへ向かってくる二人組の女子なんかもそうだ。下駄を履いてないので、歩くスピードがまず違う。二人組が近づいてくるにつれ、僕はその二人がよく見知った人物であることに気づいた。


「お待たせー」


手を振りながら、僕とトッチーの前で足を止めた。僕らが待っていた二人、渡辺と相本だ。浴衣姿を想像していたため、気づくのが遅れてしまった。


「あれ、お前ら浴衣じゃないの?」


見ればわかることだが、トッチーは二人に向かってそう聞いた。


「いやー、準備するのがめんどくさくて」


相本が悪びれる様子もなく答えた。メンズたちは気合十分だね、渡辺にそんなことを話している。渡辺は何だか申し訳なさそうな感じでいるが、彼女の場合、普段からそういう雰囲気なのかもしれない。


「浴衣姿楽しみにしてたのによー」


トッチーはあからさまに残念がっている。お前もそうだろ、という感じで僕の方をチラ見してきたが、僕は黙ったままでいた。ただ内心では、首を縦に振っている。


「そんなに落ち込まなくてもいいのに。ほら、屋台のほうに行くよ」


相本はそう言って、渡辺と並んで先に歩き出した。僕とトッチーも二人の後ろをついていく。


前を行く二人の歩く速度が速いのか、彼女の浴衣姿を拝めなかった僕たちの足取りが重いのか、前後の間で間隔が開き始める。僕は渡辺と相本の並んだ後ろ姿を眺めていた。


「何だかあの二人って、姉妹みたいだよな」


そう口を開いたのはトッチーだ。たしかに、渡辺と相本は幼馴染というより姉妹といったほうがしっくりくる。


「姉が相本で妹が渡辺だろ?」


トッチーは当然、といった感じで頷いてくれた。


「恐いお姉ちゃんと、それに従順な妹ってとこか」


僕がボソッと呟くと、トッチーはニヤついた表情を見せ、「今の発言、後であいつらに伝えとくわ」と言ってくる。少しだけ元気を取り戻した様子のトッチーに、僕は何だか安心した。


トッチーがあの二人を姉妹のようだと言ったのは、見かけ上から判断してのことだろう。渡辺と相本はちょうど頭一個分の身長差がある。もちろん背の高い方が相本だ。加えて相本が大人っぽい顔立ちをしているのに対し、渡辺はトッチー曰く童顔だ。あの二人のどちらが姉で、どちらが妹に見えるかと聞かれたら、みんな同じ答えを出すだろう。


ただ僕は、彼女らの関係性を見て、姉妹のように感じている。さっき僕が呟いたことも、あながち間違いではないと思っている。妹を支配する姉と、姉に逆らえない妹、あの二人の間には何か上下関係のようなものが見える。


今日の祭りデートは、僕から渡辺を誘ったものだった。元々は、渡辺と二人で参加するつもりでいた。しかし、渡辺が相本に相談すると言って、何を相談したのかは知らないが、結局四人でダブルデートをする運びとなった。


僕は正直不満に感じている。ダブルデートが嫌だというのではない。ただ、僕と渡辺との間の物事を相本に干渉されている気がしてならないのだ。極端な話、僕が渡辺とデートをする場合は、相本の許しを得ないといけない、そんな風にまで思っている。


「トッチーも本当は、相本と二人の方が良かったんじゃないの?」


「――あっ悪い、浴衣の姉ちゃんに目を奪われてた。何か言った?」


「いや……何か相変わらずだな」


僕が笑っていると、「どういうことだよ」とトッチーに突っ込まれる。


僕もどうせなら、渡辺の浴衣姿を見てみたかった。どうして浴衣で来なかったのだろう。もしかすると、相本が私服で行こうと決めたのではないか。それで渡辺もそれに従って……


一度疑い出すと、そうとしか思えなくなってしまう。渡辺がバド部を辞めた件もそうだ。あれも先に相本が辞めると言い出して、渡辺もそれに付いて辞めたのではないか。優柔不断な渡辺からして、あり得ない話ではない。


トッチーは、相本が部活を辞めた理由について何か知っているのではないか。そう思い、僕はトッチーに話しかけようとした。ちょうどそのタイミングで前を歩く二人の足が止まる。相本が僕らの方を振り返った。


「ちょっと歩くの遅すぎでしょ!置いてっちゃうよ!」


相本が、早く来いとジェスチャーをする。


「恐いお姉ちゃんがお呼びだ」


トッチーがそうぼやいた。僕らは早歩きで、前方で待つ二人のもとへと向かった。


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