第18話 インターハイ予選③
三回戦の試合を前にスタメンが発表された。二年生の時からの定位置を外された僕に、チームメイトはすかさず声を掛けてくれる。
「伊織は器用だからどの位置でもやっていけるさ」
「お前がうちのエースなことに変わりはないよ」
「チャンスの時は遠慮せず打っていいから」
みんな本心から言ってくれている。決して慰めなんかではない。
正直、今日の試合を迎えるのは僕自身つらかった。休めるものなら、休んでしまいたかった。しかし、こうやって仲間の存在に気づかされると、気持ちが高ぶってくる。勝ちたい、その一心でピッチに立った。
「ピッピッピー!」
試合終了のホイッスルがこんなにも無情に聞こえたことがあっただろうか。周りを見ると、チームメイトが膝に手をついてうなだれている。申し訳ない、僕はただそう思った。しかし掛ける言葉が見つからない。そもそも、僕に彼らを励ます資格はない。ゲームスコア0対2でチームの三回戦敗退が決まった。
勝てるはずの試合であった。相手チームより長い時間ボールを支配し、相手チームより多くシュートを放っていた。それなのに、なぜ負けてしまったのか。エースの差だ。
相手チームの2得点はいずれも背番号10によるものだった。同じ背番号を付けている僕は、その活躍を歯がゆい思いで眺めていることしか出来なかった。もはや僕は、このチームのエースではない。今すぐにでも、このユニフォームを脱ぎ捨ててしまいたかった。
試合後のミーティングが始まる。涙を流すチームメイトは一人もいなかった。自分たちの不甲斐なさに、泣くのを通り越して唖然としているのだ。しかしそんな中で、キャプテンだけは次に向けて、既に切り替えているようだった。
「今日の試合で、自分たちの弱点がはっきりとわかった。これをプラスに考えよう。このチームはもっと強くなれる」
キャプテンだって本当は悔しいはず。チームの誰よりも責任を感じているかもしれない。しかし、決して顔には出さない。キャプテンはチームの先頭に立つ人間として、その役目を全うしている。それに比べて僕はどうだろう、僕に出来ることは何なのであろうか。
ミーティングの最後、僕は発言を申し出た。みんなの前に立つと、暗い表情をしたチームメイトの視線が一斉に僕を向いた。
「今日の試合で負けたのは僕のせいだ。僕が自分の仕事をきちんと果たしていれば勝てていた。ほんとに申し訳ない」
僕が頭を下げるのを見て、チームメイトは再び肩を落としてしまった。ただ、キャプテンだけは僕から視線を逸らさない。キャプテンが僕に向けた目は鋭かった。これは怒っているな、僕は直感した。
「伊織、今の発言はチームに対する侮辱だ。僕のせい、僕のせいって、去年の選手権予選の時から何も変わってないじゃないか。前よりかチームプレーをするようになったと思っていたのに、結局は自己中のままだったのかよ」
キャプテンは怒っているというより、呆れているといったほうが正しいのかもしれない。僕は何も言い返せなかった。
監督に消極的だと指摘された僕のプレーを、キャプテンはチームプレーだと捉えていた。ごめんキャプテン、僕はずっと自己中心的なままだ。ただ、これまでのサッカー人生はこの性格で上手くやってこれてたんだ。
さっきの発言は撤回したい。僕のせいで負けたんじゃない、イップスのせいで負けたんだ。イップスさえ無ければ、僕は相手の背番号10以上の活躍を魅せていた。
僕の実力はこんなもんじゃない――僕はそう叫びたかった。
今の僕の身体には重りが付けられている。ただその重りは、誰からも見えない。自分自身の内側に存在している。その重りは時には軽く、時には重くなって僕の動きの邪魔をする。僕はその重りの顔色を常に窺いながらピッチに立っている。
大好きだったサッカーに、こんなにまで苦しめられるとは思ってもみなかった。しかし、どんなに苦しくてもサッカーを辞めるという選択肢は存在しない。僕からサッカーを取ったら何が残るというのか。
今のまま結果を残せないでいると、どこの大学からもスポーツ推薦を貰える望みはない。選手権予選が最後のチャンスだ。僕は乗り越えなければいけない。自分の力で、イップスを乗り越えなければいけない。このまま終わってたまるか――
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