第12話 イップス
『ボール蹴る 怖い 突然』
家に帰った僕は、スマホでそう検索をかけた。検索結果の一番上に表示された『イップス』という文字に僕の目は留まった。
『イップス――スポーツにおいて、心理的な理由で思うように身体が動かず、動作に支障が出る運動障害のこと。サッカーでは、シュートが枠に飛ばない、シュートチャンスと分かっていても足が動かない、PKが蹴れない等々の症状がある。』
これだ。今の僕の状態とまさに一致している。今日だけではない、このところシュートチャンスで思うようにシュートを打てなかったのも、このイップスというのが原因だったのだ。原因があるのなら、もっと早く知りたかった。そしたら、治す方法に従って何か月も悩まずに済んだのに――
しかし、次の一文を読んで僕は愕然とした。
『イップスの治療法は確立されておらず、その原因も治療法も人それぞれである』
治療法は確立されていない。つまりこれをすれば必ず治るといった方法は、存在しないということだ。それでは、僕はどうやって治せば良いというのか。
イップスについて記載された他のサイトに目を通す。
『イップスの原因は心理的要因によるものが大きい。例えば大事な試合でシュートを外した精神的ショックが関係して……』
僕がイップスになった原因は明白だった。僕が決定的なチャンスをものに出来なかったことで敗れた、三年生を引退させてしまった、去年の選手権予選。たしかに、あの試合の後はしばらく立ち直れなかったのを覚えている。
さすがに三ヶ月も前の試合のことを未だに引きずっているということはない。しかし、頭の隅っこの、僕の意識が届かないようなところでトラウマして残り、それがイップスを引き起こしているのだろう。
イップスの治療法については大体同じようなことが書かれていた。自信を取り戻せば次第に改善される。時間の経過とともに自然と治る。
僕が知りたいのは、これをすればすぐに治るという即効性のある方法だ。次の試合までにはイップスを治して、万全な状態で臨みたい。しかし、いくら探してもそのような方法は見つからなかった。
僕が調べた中で総じて言えることは、イップスは一朝一夕では治せないということだ。しばらくは、今の状態から抜け出せそうにない。
チームメイトには僕がイップスだということを伝えるべきか。伝えたらどうなるだろう。イップスで思うようなプレーが出来ない僕に、今まで通りパスを出してくれるだろうか。そもそも、そんな状態の僕を試合に出そうと思うだろうか。
ダメだ、伝えることは出来ない。僕が試合に出ることで例えチームに迷惑がかかるとしても、試合に出ないわけにはいかない。僕はサッカーで結果を残し、スポーツ推薦で大学に行く、これは高校入学前からずっと思い描いていることだ。試合に出ないような選手を誰がスカウトするというのか。
時間が経てば、いずれはイップスから抜け出せるはず。それまでチームのみんなには黙っていよう。僕はそう決心した。
結局、新人戦は三回戦で敗退した。去年のベスト四という結果には遠く及ばず、チーム全体が落胆した。僕ももちろん悔しかった。チームのエースとして責任を感じた。しかし、内心ホッとした部分もあった。
試合の中で、シュートチャンスの位置でボールを貰っても、僕はシュートではなくパスを選択するようにした。ボールを受けた時点で、思い通りにシュートを打てないことがわかるからだ。どうせ外すのなら、仲間に任せよう。以前の僕ならシュートを打っていた場面でもパスを回した。
チームメイトからなぜシュートを打たないのかと、疑問に持たれる心配もあった。しかし、それに関して何か指摘を受けることはなかった。正直、あと何試合か同じようなプレーを見せていたら、怪しまれる可能性は十分にあったと思う。
大丈夫、僕のイップスは誰にも気づかれていない。次の大会までにはイップスも治って、元通りのプレーが出来るようになっている。僕はそう信じるより他なかった。
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