第11話 新人戦

背番号10のユニフォームを手にした僕の心境は複雑であった。


「以上のメンバーで今週末からの新人戦を戦っていく。新チームになって最初の大会、しっかりと結果にこだわって臨むように」


監督に檄を入れられても、気持ちが上がってこない。今の僕に果たしてこの背番号は相応しいのか。この背番号に見合うような活躍をできるのか、僕は自信を持てないでいた。


「なに浮かない顔してんだよ」


ミーティング終わり、キャプテンが怪訝そうに聞いてきた。


「いやー何というか、背番号10って重みを感じるなって」


「今更なに言ってんだよ。選手権予選の時からその背番号だったくせに。嫌なら俺のと交換するか」


キャプテンはそう言って、自分の持っているユニフォームを渡そうとしてきた。しかし、さすがに受け取ることは出来ない。


「背番号なんてただの数字。俺はベンチ入り出来ただけで御の字だぜ」


キャプテンは背番号5のユニフォームを感慨深そうに眺めていた。そういえば、彼は今までの大会でベンチ入りの経験はなかったのだ。


紺碧一色の見た目から南山ブルーとも呼ばれ、かつてはこのユニフォームが全国大会の舞台で躍動したこともあった。近年は私立高校の台頭に押され気味だか、県内有数のサッカー強豪校であることに変わりはない。


伝統あるサッカー部で、とりわけ背番号10のエースナンバーは、歴代錚々たる選手に受け継がれてきたと聞かされている。二年生で迎えた選手権予選を前にその背番号を渡された時は、嬉しさよりもプレッシャーのほうが勝った。


そんな中での選手権予選、決勝トーナメントに進出しての一回戦で僕は大チョンボをしでかした。一進一退の攻防の中、相手守備のクリアミスから突然舞い降りたチャンス。ボールを受けた僕はそのままゴール前へと駆け上がり、相手キーパーと一対一になった。


後から思い返せば、その時僕はコースを狙い過ぎたのだ。僕の放ったシュートは、ゴールポストの外に外れていった。このワンプレーで一気に流れが変わり、その後相手にゴールを奪われ、南山高校は敗退したのである。


あの試合の敗因は、明らかに僕のシュートミスであった。試合後、永遠と泣いていた僕を引退していく先輩達が励ましてくれる。本当に泣きたいのは先輩達のはずなのに、その顔は笑っていた。他のチームメイトも、誰も僕のことを責めようとはしない。みんなの優しさが、僕には余計辛く感じた。


年が明け、選手権予選から三ヶ月が経とうとしている。僕の調子は一向に上がってこない。だが、チームメイトに心配されるほどの絶不調というわけでもない。


実際、直近の練習試合でも僕はゴールを決めている。難しい角度からのシュートだったが、ボールは理想的な軌道を描いてゴールに吸い込まれていった。ただ逆に、ゴール正面の位置でボール受けた時、本来であればシュートチャンスの場面なのだが、ゴールを決めきれない。シュートコースが見えれば見えるほど、ボールを蹴る瞬間に余計な力が働き、思ったようなシュートを打てない。


僕が担っているフォワードというポジションは、相手ゴールに一番近い位置でプレーするいわば点取り屋だ。当然、シュートチャンスも多い。決定力が求められるポジションで、今の状態の僕がその役割果たせられるか。どうしても不安を拭いきれないでいた。


 ※


「ピッピッピー!」


試合終了のホイッスルが鳴った。ゲームスコア1対0、ロースコアの接戦を何とかものにした。


「伊織!ナイスシュートだったな」


「あの場面で、あんなシュートを打つなんて、俺には出来ないな」


駆け寄って来たチームメイトとハイタッチをかわす。ベンチに引き上げるとみんなの顔は笑顔で満ちていた。果たして僕もみんなと同じように笑えているのだろうか。少なくとも心の中は、ざわざわとした気分が支配している。


後半戦の終了間際、味方選手が相手ペナルティエリア内で倒されPKを獲得した。ボールを蹴るのは僕。チームの方針でPKを蹴るのはフォワードと決まっている。


これまでの試合で僕はPKを外したことがない。いつも通りに蹴れば大丈夫。そう自分に言い聞かせ、ボールの前に立った。


瞬間的に無理だと感じた。シュートが入るイメージがまったく湧かない。それどころかシュートを打つのが怖い。打ちたくない。


どうすればいいんだ、呼吸が乱れ始め、右足がまるで血の通っていないような感覚に襲われる。誰かキッカーを代わってくれないか、そう思った時には、主審の笛が鳴らされていた。


どうしよう、蹴らないと――


気が動転したまま助走に入る。その時、一か八かの策を思いついた。


僕の放ったシュートは、キーパーの逆を突いて、ゴールネットを揺らした。


僕は、利き足とは逆の左足でシュートを放ったのだ。



「でもなんで逆足で蹴ろうと思ったんだよ」


「まあ、キーパーの裏をかこうとして……」


「すげえ余裕だな」


チームメイトはさすがといった表情で僕を見てくる。右足でシュートを打つのが怖くて、とは誰にも言えなかった。


あのPKの場面、僕の身体に何が起こっていたのか。いつも通り右足でシュートを放っていたら、どこにボールを飛ばしていたかわからない。左足で蹴って入ったものの、あれはたまたまだ。僕はそんなに器用ではない。ただあの時は、左足の方がまだコントロールできる状態であった。



「伊織くん!ナイスゴール!」


ベンチから荷物を持って引き上げていたところ、スタンドから聞き覚えのある、黄色い声が聞こえてきた。僕は声がした方を見上げる。


「――相本?」


ファー付きの白いダウンを着た女子、紛れもなく相本だ。「カッコよかったよー」そう言ってこちらに手を振っている。


何しに来たんだろ、もしかして渡辺も一緒なのか。そう思って相本の周りに目を向けたが渡辺の姿は見当たらなかった。少々不審にも感じたが、相本のことを無視するわけにもいかない。彼女の方に手を振り返してからその場を後にした。

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