第10話 ハンバーガー屋
気づいたときには、映画は終盤に差し掛かっていた。どういう経緯があってか、ヒロインが手を繋いで歩いている男子は、序盤にヒロインと仲が良かったあの男子ではない。結局、僕はことの真相を知れないまま映画の幕は下りていった。
「気持ちよさそうだったね」
座席を立つ時、渡辺にそう言われた。気付いていたのなら起こしてくれても良かったのに。僕はそうも思ったが、そうしなかったのは彼女なりの気遣いだったのだろう。
「この後どうする?」映画館を出てから渡辺に尋ねる。「お任せします」渡辺の返答は至ってシンプルだ。僕の空腹はとうに限界を超えていた。二つのバーガーチェーンの名前を挙げて、どちらが良いか念のため渡辺に聞いてみる。
「だったらこっちのお店が良い」渡辺の返事はちょっと意外な感じがした。優柔不断な彼女のことだから「どっちでも良いよ」そう返ってくると思っていた。
お店に着くまでさっきの映画の話をする。
「結局どうしてあの二人が結ばれることになったの?」
「えー、説明するのちょっと面倒かな」
「そこをなんとか」
「寝てたのが悪いよね」
こんな感じで意地悪を言ってくる渡辺が、何だか新鮮に感じる。
「実はね、あの映画の原作漫画、わたし持ってるの」
「えっ、そうだったの」
「内容気になるのなら、末永君に貸そうか?」
「うわーどうしよう、ちょっと考えてみるわ」
そうは言ったものの、正直借りてまで真相を確かめたいとは思わなかった。
「漫画読んでたなら、映画も観に行きたいとか思わなかったの? 実はもう観に行ってたりして」
「興味はあったけど今日が初めてだよ。なんていうか、漫画の実写化ってあんまりって聞くし……」
「あー確かに、作品の世界観がだいぶ変わるって言うもんね」
そういうこと、渡辺がコクリと頷いてくれた。
目的のバーガー店に着いた。僕はさっそく注文しようとカウンターに近づく。斜め上に掲示されたメニュー表を見ながら何にしようか考えていると、渡辺に背中を突かれた。どうやら注文はカウンター横のタッチパネルからするのがこのお店の方式らしい。
ここでは自分の食べたいものを素直に注文した。僕が手にした番号が呼ばれ、バーガーセットが手渡される。渡辺は先に商品を受け取り、席を確保しに行っていた。
夕方前に関わらず店内は混んでいたが、無事に空いた席を見つけてくれたようだ。四人掛けのテーブル席に向かい合って座る。渡辺は僕が来るまで食事に手を付けず待っていた。
僕は空腹を我慢していたため、席に着いてしばらくは食べることに集中していた。お腹の減り具合が落ち着いてきたところでふと思った。そういえば、今みたいに渡辺と向かい合って座るのはこれが初めてだ。
食べる手を止めて、渡辺の方に顔を向ける。彼女の少し吊り上がった黒目の大きい瞳を見るとネコみたいだなと思う。トッチーに渡辺のことを話した時「お前童顔が好きなんだな」と彼に言われたが、確かに大人っぽい顔立ちでない。
僕が彼女のことをまじまじと見てしまったため、渡辺が恥ずかしそうに顔を下げてしまった。食べてる様子が小動物みたいで可愛い、思っただけで口には出さなかった。
「渡辺は休みの日とか何してるの?」
「んー、ゴロゴロしてばっかかなー」
「時間あるんなら、バイトとかすれば良いのに」
「バイトかー、考えたことないなー」
「渡辺はカフェのウェイトレスとか似合いそう」
「いやー、接客とか……自信ないかな」
確かに、渡辺は人見知りしそうな性格だ。
「末永君はどんな仕事でも出来ちゃいそうだよね」
「そんなことないと思うけど。僕が似合いそうなバイトとかある?」
「んー、そうだなあ……、ちょっと考えてみる」
「そんな真面目に考えなくてもいいのに」
僕が笑って返すと、渡辺も笑みを浮かべてくれた。
「そういえば、トッチーと相本の話」
僕がその話を出すと、渡辺の目がパッと開いた。
「佳純に聞いたときはびっくりした」
佳純とは相本の下の名前だ。僕と渡辺が付き合い始めて一週間も経たないうちに、トッチーが相本に告白し、見事カップル成立に至った。
「トッチー、僕には『告白は本人の目の前で直接しろ』ってアドバイスしてきたくせに、結局相本にはLINEで告ったんだよなー」
「それ佳純にも教えるね」
恋愛話になったとたん、渡辺の姿勢が前のめりになった。やはり女子はこういうテーマの方が興味のあるようだ。幼馴染が関係しているなら、尚更かもしれない。
トッチーと相本の二人も、付き合っていることを周りにはあまり話していないそうだ。付き合っていることをイジられたくない、冷やかされたくない、そういった理由があるのだと思う。僕も最初は同じように考えていた。
でも渡辺と付き合い始めてわかったのだが、二人の関係を二人だけの秘密にしておくことは特別な感じがして結構楽しい。バレないようにしようとか、バレたらどうしようとか、そんなことを考えながらいると、何だかドキドキした気分になる。実際、今だってそうだ。誰か知り合いに見られたらどうしよう、心配とは違うドキドキを味わっている。
「まもなく一番乗り場に電車が参ります」
僕が乗る電車の方が先にホームに入ってきた。渡辺は僕らの通う高校の近くに住んでいるため、行きとは反対の電車に乗って帰る。彼女とはここでお別れだ。
「今日は楽しかった。また明日」そう言って僕は電車に乗り込んだ。
渡辺は控え目に手を振って僕を見送ってくれた。
座席に座ると、身体が脱力していくのを感じた。デートって結構疲れるものなんだな、でもそれ以上に楽しかった。僕の初デートの感想はそんなところだ。
デート中はあまり触れることがなかったスマホをポケットから取り出す。トッチーからのLINEが入っていた。
『デート上手くいってる?』
今日のことはトッチーに伝えてないのに、どうして知っているのだろう。疑問に思ったが、すぐに相本の顔が頭に浮かんできた。渡辺が相本に話して、相本からトッチーに話が伝わったのだろう。
『上手くいった方だと思う』
そう返信しておいた。渡辺も電車に乗った頃だろうか。窓の外を眺めながら考えていると、スマホを持つ手にバイブ音が伝わってきた。トッチーからの返事がもう来たのか、そう思ってスマホの画面に目を向けたが、違った。
ネコのアイコン。家の周りによく現れる野良猫を撮ったらしい。
『末永君は居酒屋のバイトが似合いそう!』
本当に考えてくれていた。やはり彼女は真面目である。
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