第7話 デート前の部室
「お疲れ様です!」
「お、おう、お疲れー」
部室に入ると、中にいた後輩から挨拶を受け、少々面食らった。後輩が部室の中にいることは珍しい。部室には、この後輩の他に僕の同学年が三人残っていた。制服に着替えた四人は固まって座っている。どうやら一緒にスマホゲームで遊んでいるようだ。
「みんなまだ帰らんの?」
僕の問いかけに「これが終わったら」とスマホに集中したまま同学年の一人が答える。
「伊織先輩はゲームとかしないんですか?」
後輩が僕の方を向いて聞いてきた。
「興味はあるんだけどね。今更始めても、みんなに追いつける気がしないから。それでやってない」
「えー、始めてみましょうよ。伊織先輩はゲームの才能も絶対ありますから」
「まあ、考えみるわ」
「絶対やらんくせに」
同学年の松岡にそう突っ込まれた。松岡と僕は一年生の時から同じクラスで、サッカー部の中でも一番仲が良い。僕が後輩の誘いから逃れようとしていることは、松岡にはお見通しのようだった。
松岡も知っているように、僕にはゲームをやってみようという気がこれぽっちもない。今までも何度か同じように誘われたことがあるのだが、全てスルーしてきた。僕がゲームをやりたがらない理由、さっき言った「今更始めても――」というのもあるが、一番は依存してしまうのが怖いからだ。僕は自分自身の自制心をあてにしていない。
僕が中学生だったある時期、ポータルゲームに熱中し、家にいる時はそればかりに時間を費やしていたことがあった。僕の親は放任主義なのか、滅多なことでないと僕に対して口出ししてこない。どれだけゲームをやろうと、まったくの自由であった。
どのくらい経ってからだろうか、次第にゲームばかりに気を取られている自分自身に対し、嫌気がさすようになった。このままではまずい、そう思って一旦はゲームの電源を切るが、またすぐ手にとってしまう、その繰り返し。この状況から抜け出すにはどうすればいいか、僕の出した答えは少々乱暴的だったかもしれない。トンカチでゲーム画面を叩き割った。
ゲーム以外の、漫画やアニメ、そういったものともなるべく距離を置くようにしている。正直、僕にはサッカー以外でこれといった趣味がない。おかげで周りとの会話に入れないこともしばしばある。
「このあと四人で昼飯行くけど、伊織も来る?」
「ごめん、今から予定入ってる」
「もしかして、彼女さんとデートですか?」
後輩の質問に、僕は一瞬ピクッとしたが「あのサッカー馬鹿に彼女なんているわけねーだろ」と松岡からツッコミが入り、事なきを得た。
「えー、伊織先輩絶対モテるのに」
「あいつにとって、サッカーが恋人なんだろ。ボールは友達ならぬ、ボールは恋人」
なんすかそれー、と後輩が笑っている。松岡は僕が渡辺と付き合っているなんて知る由もないだろう。彼には悪いがこのまま黙っておくことにする。
「でも普通の女子だったら、絶対伊織先輩のこと好きになると思います。だってサッカー部のエースだし、顔だってイケメンだし――」
後輩が調子いいことを言っている。でも、言われて悪い気もしない。こういうとこが、彼が先輩に可愛がられる所以でもあるのだろう。僕はこの後輩みたいに、練習終わりに先輩と部室で遊んだことなどない。それが出来る彼を、僕は少々羨ましく感じている。
「じゃあ、彼女とデート行ってくるわ」
僕はそう言って部室を出た。
「ほらやっぱりー」
「槍でも降るんじゃないか」
後輩のはしゃぎ声と、松岡の冷静なツッコミが聞こえてきた。
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