第三話 名誉ある死 7
チェンミィの後について塔を出る。
チェンミィも足取りはふらふらしていたが、休むように言っても聞かないだろう。
「街をぐるっと回る」
チェンミィが後ろの私たちに言った。
「あんたたちが軽々と破壊したように、俺は結界を張るのが上手い方じゃない。といってもあんたちに張れと言っても意味がないだろう」
自嘲なのか嫌味なのかチェンミィが笑っているようでもあった。
「旅人だからね」
アランがそう言って私を見る。
「私たちにはこの街に思い入れもないし、この街に居続けるわけでもないからね」
チェンミィに言ったようにみせて、アランは私に言っているのだ。師匠として、結界について講義をしたいところなのだろうが、その問答で私がうかつなことを言うと、チェンミィに私たちのただの師弟ではない関係を怪しまれるかもしれない。特に、さっきの治療で魔弾の結界を壊したのが私だと理解しているのなら、なおさらだ。
私は理解しているという目でアランに対して頷く。
「魔弾は」
「装填直前に魔術師がこめる。長時間は持たない」
チェンミィが答えた。
「では向こう側にも魔術師が?」
「ああ、いる」
「そもそもどうして争っているの?」
私の素朴な質問に、チェンミィが足を止める。振り返って、何を言うのか、という顔で私を見た。
「隣同士で仲がいい街なんてそんなにない。大なり小なり問題は抱えているもんだ」
「でも、普通は銃を撃ったりなんてしないでしょ」
「そうだな、そうかもしれない」
チェンミィがまた歩き出す。
「あんたたちが来たように、こっちの街と繋がっているのは向こうの街とケーリュの街だ。別な街道を使えば遠回りができるが、中央都市と結ぶには転送門を使うのが手っ取り早い。でだ、転送門を使うルートは向こう側の街を経由しないといけない。要するに、物資の首根っこを向こうが掴んでいるんだ。だから常に相手が優位に立っている。相手はそれを元に物資を高値で売りつけたいし、こっちはそれが気に入らない。ま、そんなもんだな」
「そんなの話し合いで」
「お嬢ちゃん、あんたがどこの出だかは知らないが、そいつはちょっと平和ボケしている。そっちの、アランとか言ったな、多少は話がわかるだろう?」
「ああ」
アランが返す。
「歴史の本を読んでみろよお嬢ちゃん、戦いの記録でいっぱいだ。俺たちの国だって百年前には戦争をしていたじゃないか」
「でも、それじゃあ、勝っても、ううん、どうやったら『勝った』ことになるの? 向こうのみんなを……」
「別に俺たちも人間を殺したいわけじゃない。そこを勘違いしてもらってほしくない。ただ、『俺たちに不利な条件を出せば、相応の痛みを伴う』ってことを理解してほしいだけだ」
「それならなおさら話し合いをしないと」
「上手くいった試しがない。転送門ができてからはずっとだ。まったく、転送門がなかった方が平和だったかもしれないな。俺の祖父も父も魔術師で、この街を守ってきた。そして戦って死んだ。だから俺もこの街も守る。そのためには命を捨てることも選ばないといけない。この戦いは俺にとって受け継がれてきた義務なんだ。そのために死ぬことは、名誉でこそある」
そこまで言われて私は何も言い返せなかった。
「まずはここだな」
街を取り囲む壁まで来て、チェンミィが立ち止まる。腰を屈め、杖で地面に何かを書いている。
「今度は壊さないでくれよ」
こちらを見ずにチェンミィが言う。
「それじゃあ次だ。向こうだって魔術師が三人いたら手を出しにくいだろう。あんたたちは攻撃に警戒してくれ」
チェンミィに従って、壁の外側を歩く。
アランを見ると、杖で空中に円を描いていた。今朝見せた、相手を攻撃する用の魔術をいつでも発動できるようにしているのだろう。私にはまだ使えそうにない。
「あんたたちはどこへ行く途中なんだ? 最近じゃ旅をする人間も少ない。街にこもっている方が安全だからな。転送門すら持て余しているところもあるだろう。頻繁に転送門やら街道を使うのは商人くらいだ」
「私たちは、彼女の故郷に帰る途中だ」
「そうか、中央都市には?」
「寄るかもしれないし、寄らないかもしれない」
「あんたは国家魔術師だな」
「ああ」
アランの服装を見て言ったのだろう。
アランも嘘を言わないが、百年前の、とまでは言わなかった。
「あんたが自分の主義で着ているのなら文句はないが、あまりこの辺りでは印象がよくない」
「誰に?」
「特に街に元から根を張っている魔術師連中にとっては、だ。国家魔術師は世間知らずの魔術師だってな、別に街を守ったりも住民の役に立ったりもしない。協会が国家魔術師を派遣してくることがあるが、あれだってただ中央都市との繋がりがほしい街が渋々受け入れているだけだ。国家魔術師は『統治』はしたがるが、個人的な利益がほしいだけでどれだけ住民のことを考えてるかわかったもんじゃない」
「それは、否定できない。そういう国家魔術師もいる」
「だろ?」
「だが、全員ではない。研究の傍ら街のことをよく考えている国家魔術師もいる」
アランの返しに、くっく、とチェンミィが笑った。その動きで痛みが走ったのか腹部を押さえる。
「そう、その態度がだよ。研究と人間を天秤に掛けている、掛けてもいい、と思う方がおかしいんだよ。今いる人間の生活を豊かにしないでどうする? 今生きている人間の命を守らなくてどうする? それに魔術師の言う『真理』とやらが優先するのか? ま、あんたがどのくらい中央都市から離れていたのかはわからないが、国もどうやらそう思い始めているらしいな。伝え聞くところによると、国家魔術師もだいぶ数が減っているみたいじゃないか、国の金で飼っておく理由があるのかってな」
「私たちは長期的な目線で物事を考えている。もし国がそういう考えなら、いずれ国の力も衰えていくだろう」
「そうかもな、ま、俺には縁遠い話だ」
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