第三話 名誉ある死 5

 駆け上がってきたのは私たちを連れてきた二人組の一人だった。

「どうした?」

「チェンミィがやられた!」

「なんだって?」

「今下にいる、頼む、助けてくれ」

 アランと顔を合わせて、男に頷く。

 足早に塔の下に下りる。

 一番下の階にいたのは寝かされているチェンミィだった。チェンミィは荒い呼吸をして両手を腹部を押さえている。

 二人組のもう一人が横にいる。

「結界を張っている最中を狙われた」

「ぐ、ぐ、畜生」

 チェンミィは青白くなって天井を見ている。

 横にいた男がアランに言う。

「あんた魔術師なんだろ!? なんとかできないのか?」

「なんとかと言っても」

「治療してくれ」

 アランはそれを言われて、後ろに向いた私を見る。

「治療とは……」

 アランが困惑をしているのが見て取れた。

 普通の人には魔術師は何でもできるかのように見えるかもしれないが、制限はとても多い。想像できる範囲でしか魔術を使うことができない。高難度の魔術、その最たるものは、『人間を治療すること』だ。人間の身体は複雑すぎて、治療の方法が膨大にあり、それを適切に選ぶのは難しい。

「元はと言えばあんた達が結界を壊したからだろう!? なんとかするのが筋じゃないのか!」

 男がアランに詰め寄ろうとする。

「……わかった。最善を尽くす。悪いが離れてくれ」

「なんだって?」

「彼と、私と、エミーリアだけにしてくれ」

「あんた、何を」

 それをチェンミィが右手で制する。

「……彼の言う通りにしてくれ」

「チェンミィ」

「そうしないと治療ができない、そうだろう?」

 チェンミィは頭を少しだけ上げて、アランを見た。

「ああ」

 アランが頷く。

「できれば、湯を沸かしてきてくれ、あとで使う」

 アランに言われた男が部屋から出て行く。

 その場に三人だけが残された。

「エミーリア、私の背中に手をついて」

「え」

「大量に魔力を使う。君の力が必要だ」

「う、うん、わかった」

 アランの背中に両手を触れる。

「ダメだ、直接触れないと使えない」

「うん」

 アランの腰から中に手を入れて、背中に触れる。全身をぴったりくっつけるような体勢になった。アランの背中はひんやりとしている。

「チェンミィ、一旦すべての接続を無理矢理でもいいから閉じてくれ」

「……ああ」

 アランがチェンミィの服をまくり上げる。左腹部から血が流れていた。そこにアランが手を乗せる。

 ぐっとアランがそこを押す。

「うう、うう」

 チェンミィがうめき声を上げた。

「主よ契約を

 水と火は血に

 風と土は骨に

 火と風は腑に

 そうであるように願う

 そうあれかし

 そうあれかし」

 アランが唱える。

 かすかに手元が光る。

「ダメだ、血が止まらない」

 アランにもうまくいかないらしい。

「普通なら止まるはずなのに。弾は貫通しているはずだ」

 少し焦っているようにも感じた。

 チェンミィが苦しそうに息を吐く。

「魔弾だ……。弾を極小の結界が覆っている……。だから弾が身体に当たったら、その結界だけが身体に残って、そこの治療を阻害する。あいつらがよくやる手だ」

「エミーリア、頼む」

 チェンミィを見たままアランが私に言った。

「え!?」

「彼の脇腹に手を入れて、結界を解いてくれ。君ならできる」

「う、うん」

 アランから手を離し、横に立つ。チェンミィの脇腹からアランは手を浮かせる。その隙間に手を入れろということだ。

「時間がない」

 アランの手とチェンミィの間に手を置く。チェンミィの血で自分の手が赤くなる。熱をも持っているのがわかった。

「どうすればいいの?」

「さっきと同じだ。君は『触れれば』それでいい」

 さっきと同じ、というのはこの街に入ったときと同じということだ。

「でも、うん」

「よく見るんだ。今朝と同じく目に集中をして」

 アランに言われてじっとチェンミィの傷を見る。アランに見せてもらった魔素の粒を思い出す。できるだろうか、いいや、できないといけない。一度目を閉じて、イメージを取り込んで、また開く。

 キラキラと光る粒があった。

「これだ」

 広げた手を握り、その光を掴む。

 パンッと弾ける感触があった。

「よくやった、エミーリア、手を離して」

 手を引き抜く。

 アランがまたチェンミィに手を乗せた。

「時間がない」

 チェンミィの腹部を強く押す。

「契約を破棄する

 『命令』をする

 水と火は血に

 風と土は骨に

 火と風は腑に

 そうなるように

 結果を示せ」

 アランはそう言うと、チェンミィの腹部がさっきよりも強く光った。

 ガクガクとチェンミィが震える。

「チェンミィ、君は今すべての痛みを引き受けている。耐えてくれ」

 チェンミィが静かになった。眠ったのか、あるいは意識を失ったのか。

 一分ほどそのままで、ようやくアランが手を離し、後ろによろよろと歩く。

「できたの?」

「一応ね、しかし治療魔術なんて百年ぶりに使ったよ。成功してよかった、とと」

 よろめいたアランの背後に回って彼を抱き留める。

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