第三話 名誉ある死 4
チェンミィが出て行き、アランと二人きりになる。
「どういうことだろう?」
「想像できることはある。何かしらの理由で、ここの街は向こう側の街と対立をしている。私たちが結界を破壊したことで、彼は攻め込まれたと勘違いをした」
確かに、考えられるとしたらそういうことだろう。
「彼の言うように今はここにいるしかない。誤解はそれから解くことにしよう。私たちだって、銃弾を防げるわけじゃない」
「どのくらい?」
「それは彼次第だが、簡易結界なら一時間もかからないだろう。それまで、そうだな、雑談をするくらいしかないが」
「うん、えっと、アランがケーリュに言っていた……、選択がどうとか」
「ああ、『互いの選択に、最良の祝福を』だね」
「そう、それ」
「国家魔術師の別れの挨拶だよ。長い別れがあるときに言い合うんだ。ケーリュが知っているということは、今も言葉としては残っているのだろうね」
「そう……」
「他に何か言いたいことがみたいだね」
私が頷いて話を切り出す。
こちらの方が重要だ。
「ケイオンのこと」
「うん? ああ、あの彼のことか」
最初の街にいた、魔術師になりたい男の子だ。アランはケイオンについて、魔術師になるための最低限度の魔力を持っていない、だから魔術師にはなれないという評価をしていた。
それなのに。
「あなたは、ケイオンに『良い魔術師になるためにはどうしたらいいか』と聞かれて、『諦めないこと』って言ったよね。それはどうしてなの? 努力をしても魔術師にはなれないのはアランにはわかっていたんでしょ?」
「それは、そうだな……、言われればそうかもしれない」
「嘘をついたってこと?」
「いいや、そうではない。そう、私は彼女のことを思い出していたのだと思う」
「彼女」
「マリアのことだ」
ケーリュが言っていた名前だ。転送門を五十年前に発明して国中に広めた人だ。アランは名前に聞き覚えがあるかのようなそぶりをしていた。
「知り合いなの?」
「知り合いといえばそうだな、彼女は私の弟子だった。マリア=クレーデル、十六歳のときの彼女を引き取って五年間、私が城に閉じ込められる一年前までは一緒に過ごしていた」
「そう……」
「マリア、彼女は決して優れた魔術師ではなかった。少なくとも、魔力量はそれほどでもなかったし、接続能力も高いとは言えなかった。彼女なりに苦労はしていたようだが、それが才能の限界だと思っていた」
アランは懐かしむように一瞬目を閉じた。
「だがどうした、彼女はここ百年で唯一の天才と言われているみたいじゃないか。彼女は私と別れたあとも、努力を欠かさなかったのだろう。努力家ではあったからね。愚直に私の言っていた訓練を繰り返していたのかもしれない。だから、何事も諦めないことでしか得られないものがあるのだろう、とケイオンに聞かれたとき思った。魔術師はやはり、生き方の問題であって、才能ではないのだと」
「彼女はどういう人だったの?」
「どうって」
「どうして弟子になったのかとか」
アランが指を回す。
「国家魔術師は徒弟制度だからね、私にも師匠がいた。試験をクリアした見習いはみんな誰かしらの弟子になる。それに指名する権利は先に弟子の方にあるんだ。不思議な制度だとは思うが、師匠側にはあまり権利がない。受け入れる余地があれば、受け入れるのが普通だ。それに、弟子を取って一人前みたいな風潮もあったしね」
「マリアはどうしてアランを選んだの、それは知っている?」
「いいや、彼女は、どうしてだろうな、そういうことは言わなかったと思うが、私は若かったし、資格は持っていたとしても人気のある魔術師ではなかったからね、彼女くらいの試験の成績だと、他に選ぶことができなかったのかもしれない」
「一緒に、五年間もいたのに?」
アランと私は数週間しかまだ一緒にいない。
「師匠と弟子でべったり生活を共にする魔術師もいるが、私たちはあまりそういうのはなかった。日中一緒にいただけだ」
「可愛かった?」
率直な疑問をぶつける。
アランが苦笑をする。
「君が何を言いたいのかわからないが、そういう評価はしていない」
アランは、私が何を言いたいのかわかっているように、そう言った。
「そう」
「それに、今は君が私の弟子だ。そして妻でもある」
「ふうん」
「言いたいことがあるなら言ってくれ」
「別に」
私が横を向く。
「あのね」
アランが何か言おうとしたとき、遠くで何かが響いた。
「銃声だ」
続いて数発。
私たちが身構える。
数分して下から叫び声がした。
「おい、助けてくれ!」
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