第三話 名誉ある死
第三話 名誉ある死 1
ケーリュのいた街の転送門を抜けて、私はアランと山道を歩いていた。時間は正午を過ぎたところだろうか。転送門というのは、必ずしも街のそばに作られているわけではなく、そこから近くの街までは多少歩くのが当たり前らしい。山の中にぽつんとある広場ででたようだった。転送門ができて五十年が経つが、それからできた街はもう少し近くに作ることもあるのだろうか。
転送門をくぐった感触は、かなり気持ち悪いものだった。長時間馬車に乗ったような、奇妙なめまいのようなものがして、胸がムカムカしてくる。
私は右手をアランの左手と繋いでいる。アランは右手に彼の杖を持って何かを確かめるように空中にくるりを円を描いていた。
「新しい魔術を覚えた」
愉快そうに、ではなく、眉をひそめるようにアランが言った。
「新しい魔術?」
「そう、ケーリュに家にあった魔術書に書いてあった。今の魔術師の大体は使うことができるらしい」
アランがまた円を描く。
「非常に簡単な魔術だ。ここをこうして」
揺らす円の軌道を止める。
「何が?」
首を傾げた私にアランが苦笑いをする。
「ああ、君は見えないのか。ええと、可視化するメリットはなさそうだけど、不可視にするより楽なのか」
空中を指すアランの杖の先が青白く光る。
「魔力を一点に集める。それで、周囲の魔素を纏わせる。集束させる」
杖の先の光が小さく、けれど眩しくなった。
つい、と杖を先に伸ばす。
「放つ」
光の玉が遠くに飛んでいった。
「対魔術師用の戦闘魔術だ。まったく、野蛮な時代になったものだ。嘆かわしい」
アランが嘆息をした、本気で言っているようだ。アランは魔術師が研究者であった時代の魔術師であり、このような人間に向かって攻撃をするというようなことは考えてもいなかったのだろう。だからこそ、戦争に魔術師が駆り出されることにアランは難色を示していたのだ。
「威力を上げれば人を撃ち抜くことができる。魔力を何に変換することもなく、ただの武器として扱う。私はこんなものを魔術だとは言いたくない。しかし……」
「なに?」
「君がまだ魔力も魔素も見えないのはかなり問題だな。これではこの先に危険があっても防ぎきれないかもしれない」
「でも」
「そうだな」
アランは左手を私の手に絡ませたまま、正面に立つ。
「『目』を移すことができるか?」
アランが顔を近づけた。
二人が額がくっつく。
「エミーリア、目を閉じて」
「うん」
「意識を集中して、君の額から私の額へ、認識を広げる。私の顔が君のものであるかのように」
アランに言われるまま、頭の中にアランを思い浮かべる。
「そのまま、私の目の奥に自分の目をかぶせる。どう、できた?」
「うーん」
できたようなできていないような。
「そのまま目を閉じたまま」
アランが額を離す。
手を繋いだまま、アランが横に移動する。
「よし、いいだろう、目を開けて。実際の目ではなく、頭の後ろにある目を意識して」
目を開ける。
「え、これって」
そこにあるのは、さっきまで見ていたような景色ではなく、まばゆいばかりの世界だった。色とりどりの大小様々な光の粒がそこら中にあり、それらが波のような流れを持って動いていた。それなのに、普通の木々も見ることができる。二つの景色が二重になって、それぞれが独立して存在しているようだった。
頭が混乱しそうになる。
「君が今見えているのは自然界に存在している魔素と呼ばれるのものだ。これが、魔術師が見ている『世界』だ」
「そう、なの、これが」
「もっとも、私は目がいい方だから、すべての魔術師が常にこの状態になっているわけではないし、私も普段はもっと抑えている。これを見続けるのは煩わしいからね。君は今は私の目を使って見ている。いずれ君自身でも見えるようにならないといけない」
アランは手を離す。
それで私の目に移っていた光の粒は消えてしまった。
「少しずつ目を開く訓練をしていこう。慣れていけば君も一人で見ることができるようになるかもしれない。普通の訓練とは違う手順が必要になりそうだが、基礎的な魔術と同じく、長い目でやっていこう。幸運にも私たちには時間がある」
「うん」
当たり前のように時間があると言ったアランになぜか下を向いてしまう。
「どうやら街が見えてきたようだ」
森を抜けた先に街がある。
「どっちがいい?」
アランが私に聞いた。
街は左右、一つずつ、二つあった。
形は同じく円形で、規模も同程度のように思えた。二つの街は距離が離れているようだった。
ここから見えるもので違いはありそうにない。
「じゃあ、こっちで」
私は右手に見える方の街を指した。
「どうして?」
「んーなんとなく」
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