第二話 魔術師の資質 8
部屋に戻るとアランが椅子に座って本を読んでいた。
「ただいま」
「おかえり」
パタンと本を閉じて私を見る。
「パンを買ってきたよ」
パンをテーブルの上に置く。
「どこまで?」
「西側の隅っこ」
「なるほど、それくらいなら私は普通に過ごせるようだ。もう少し距離を取るとどうだろう。いざというときのために試しておかないといけないね」
「いざ?」
アランが顎に手を当てる。
「たとえば、君だけが誰かに連れ去られてしまったときとか、そういう不測の事態に備えて」
「うん」
「それで?」
「え?」
「何か言いたそうにしているね」
「ああ、うん、ケイオンに会ったよ」
「エミーリア、君は」
「ううん、言っていない」
「そうか」
「私が言うべきことじゃない、だよね?」
アランがふっと笑う。
「私はそう思うけど、君が伝えるかどうかは君が決めることだよ。これからも君は選択をし続けることになる。君はただその結果を引き受ければいい。それが魔術師であることに繋がる」
私はアランにケイオンの話をした。アランはケイオンのことよりも、ケーリュが物体移動の魔術を使ったことに関心があるようだった。
それから私たちは街を散歩し、タラントの店で保存食を調達した。カバンを私しか持っていないので、アラン用に古いカバンを用意してもらった。アランが別な本を読みたいというのでケーリュの家に行き、彼と少し雑談をして本を借りた。アランは宿でもずっと本を読み続けている。アランが言うには、ケーリュの言う通り、この百年で魔術が大きく変わったものはないという。強いていえば、より実践的な魔術が増えている、ということだった。このあたりは私もよくわからないが、アランは少し残念そうだった。彼の思う魔術師の姿とは違っている、ということなのだろう。
「確認したいことがある」
ケーリュにアランが言った。
「なんだ?」
「あなたは国家魔術師ですね」
「なんだいきなり」
「本棚の隙間に合格証がありました」
アランが本に折り畳まれて挟まれていた紙を広げる。
「どこに行ったのかと思っていたらそんなところにあったのか」
ケーリュが苦々しい顔をした。
「あなたは中央都市から派遣されたのですか?」
「いいや違うよ。こんな辺鄙なところにわざわざ魔術師協会が派遣すると思うか?」
魔術師協会は国中の魔術師、特に国家魔術師を束ねている組織だ。
「それでは、なぜ……」
「俺は逃げ出したんだ。塔にも数年しかいなかった。それで生まれ故郷のこの街にまで戻ってきた。あとはだらだら過ごしているだけだ」
「それなりに実力があったのではないですか? 物体移動の魔術を使ったと」
「ケイオンが言ったのか。実力? ああ、まあ、あったのかもしれないが、俺の興味は国家魔術師の本分とうまくいかなかったんだ。あんたら国家魔術師は、研究者だ。この世界がどうなっているか、それを探っている。魔術を使うのもそのためだ。確かに長期的に見れば、そこから得られる成果は人々の役に立つだろう。ただ、俺たちが暮らす中央都市といえども全員が裕福じゃない。日々の糧に苦労している人間もいる。親のいない子供もいる。そういう人間を、国家魔術師は『今』助けることができない。大きな目標のために目を瞑ればいいのかもしれないが、目の前にいる人間を見捨てることになるんじゃないか、その意識の違いが、俺にはどうしてもうまくすりあわせることができなかった、ってことだ。まあ、言い訳かもしれないがな」
「そういう意見があるのはわかっている。しかし……」
「あんたがこれから言おうとしていることが間違っているとは思わないよ。一人二人を直接的に助けるよりも、いつか数千人を助ける方法を見つけ出すことができた方がいいって言うんだろ? それは正しいんだろう。それが俺には合わなかった、それだけだ。俺には小さな街で雑用をして、手の届く範囲で世話をして、たまに転送門を開いてやって、終わったら酒を飲む、それくらいでいいんだ。今の大半の魔術師はそうやって暮らしている。もちろん俺が正しいと言うつもりもない。どうせ逃げた人間の戯れ言だ」
実践的な魔術というのは、ケーリュが言う、直接的に誰かを助けるような魔術ということなのだろう。だとしたら、私はそれが悪いとは言えない。
「弟子だって取りたくはなかった、逃げ出したヤツがやることじゃないだろ。あいつが熱心すぎるから付き合ってやってるだけだ」
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