第二話 魔術師の資質 5

 ケーリュの後ろに私とアランがついていく。

「アラン、転送門って」

 アランにだけ聞こえる声で言う。

「どうやら最近、といってもこの百年にできた魔術らしい。私たちは百年前の知識しかないのだからね」

 入ってきた街の道の反対側を歩き、街の北側の出口の手前でケーリュが立ち止まる。

「さあここだ」

 他の家と同じレンガ作りのあまり大きくない家に招かれ、アランと一緒に入る。

「そこに座ってくれ、あいにくもてなすものはないがな」

「ありがとうございます」

 指さされたテーブルのイスにアランと座る。

「それで、あんたらはただ純粋に転送門のことが知りたい、そうなんだな。資格を取り上げたいとかじゃなくて」

「ああ」

「俺よりあんたたちの方が若そうだが、まあ、通り一遍の説明はしてやるよ」

 ケーリュが書棚に向かう。壁一面の書棚にはたくさんの本が納められていた。その中から一冊を取り出し、テーブルの上に置いた。

「ここに基礎理論が書いてある。魔術師ならそれを読んだ方がはやいかもしれないが、要は各地にある魔素の特異点、魔素のたまり場とも言われるそこに、特殊な魔術式を構築して、別に構築された特異点に移動する魔術だ」

「移動する? 空間ごと? 本人が行ったことがあるかも関係なく? 魔術師でなくても?」

「そういうことになるな」

 ケーリュのさも当たり前であるかのような返答にアランが溜め息をつく。

「あり得ない、魔術は想像の具現化だ。行ったことがない場所を想像することはできない、だから移動をすることはできない。それに空間転移は実現したとしてもかなりの高度な魔術だ。そんなものは容易く使えるものではない、魔術師でない人間を連れていくこともできない」

「五十年前の魔術師達も同じことを言っただろうな。確かに俺もすべてを理解しているわけではないし、理論が完璧かどうかの検証が完全に済んだわけでもない。とにかく、わかっているのは、それが『使える』ってことだ」

「それじゃあ、君は理解もせずに魔術を使っているのか?」

「まるで百年前の魔術師の言葉だな、ええと」

「アランだ」

「ああ、アラン、あんたの言いたいことはわかるよ、俺はただ魔術式を起動しているだけだ。それができるのは魔術師だけだ。俺にはそれくらいしか能力がないからな」

「そうだとは思わないが」

 アランがびっちりと本が納められた書棚を見る。つられて私も見る。詳しくはわからないが、棚にある本はすべて魔術関連のもののようだった。

「魔術師は魔術師を見ればわかるってか?」

 アランが頷く。

「ケーリュ、君は魔術師としての能力があり、それがどの程度か自覚している。向上心が全くないわけでもない」

「買いかぶらないでくれ、あんたたちに比べればちっぽけなものだ。俺から見て、少なくともアラン、あんたの能力が高いことはわかるよ。そっちの……」

「エミーリアです」

「あんたはどうだかわからないが、彼の弟子だというなら才能は俺よりあるんだろう。出来の悪い弟子を連れて歩く必要はないからな」

「彼女は私の妻だ。弟子でもある」

「えっ」

 改めて他の人に向けて紹介されると恥ずかしくなる。

「そうか、そういう関係なら」

 アランが机の上にある魔術書のページをめくる。数枚めくってアランが手を止めた。

「マリア=クレーデルの理論書……?」

「ああ、五十年前に転送門を発明した魔術師だ。マリア=クレーデル、当時は百年に一度の天才と呼ばれたらしい」

「『あの』マリアが天才?」

「なんだ知っているのか?」

「ああ、いや」

 アランが苦笑したように見えた。

「もっとも、この魔術師が発明したものは転送門くらいで、あとはよくわからない、どこかに学校を作ったとかいう話も聞いたが、なにせ五十年前のことだからな、俺もあんたたちも生まれていない時代だ。その学校が今もあるのか知らないが、俺のところにまでは情報が来ていない」

「そうだな」

 アランがケーリュに合わせる。

「ついでだ、他に知りたいことはあるか?」

「できればこの百年くらいの歴史、とりわけ魔術史について書かれた本を借りたい」

「本当になんなんだあんたたちは。まあいいさ、何冊かある、魔術については転送門が作られたくらいで他に大きな発展はないよ。魔術を発展させるより目の前の生活の方が大事な時代になったからな」

「じゃあ、『魂』については……」

 それを聞いてケーリュは意外そうな顔をした。

「はっ魂だって? ああ、あんたみたいな古くさい魔術師は気にしていたかもな。今は誰もそんなもの研究していないよ。百年前に『存在が確認できない』って言われてからそれっきりだな」

「そうか……」

 アランが落胆したような声を出す。

「転送門だが、今日は起動しない。転送ができるかどうかは魔素の流れで決まる。できるヤツは強制的に転送門を起動することができるが、骨が折れるし俺はやりたくない。次の起動は明後日になるから、それまで宿屋で泊まって準備を整えておけばいい。あんたらは着の身着のままで出てきたようにも見えるからな」

「ああ」

「あれ、師匠、お客様ですか?」

 アランと私がイスから立ち上がろうとしたとき、ドアを開けて誰かが入ってきた。少し高いよく通る男の子の声だ。

「買い出しに行ってきました。タラントさんのところで何かあったみたいですね」

 男の子は色々なものを入れているだろう袋をテーブルの上に置いた。年齢は十歳くらいだろうか、快活そうな雰囲気もある。

 男の子が頭を下げる。

「こんにちは」

「こんにちは」

「僕はケイオンです」

「私はエミーリア、こっちはアラン」

 アランの代わりに私が返す。

「もしかして、お二人は魔術師ですか?」

「え、うん」

「そうなんですか!」

 ケイオンの顔が光が出てくるのかと思うほど明るくなった。

「師匠以外に魔術師を見るのは本当に久しぶりです、お二人はどうしてこの街に?」

「ここは通りかかっただけで」

「ケイオン、師匠というのはやめなさい」

 ケーリュが少年をいさめようとしたが、ケイオンはそれが当たり前のようで気にしていなかったようだ。

「いや、師匠は師匠じゃないですか」

「ああ、もうわかった……」

 ケーリュが手で顔を覆う。

「僕は魔術師になるのが夢なんです。いつかこの街を出て中央都市に行って、国家魔術師になりたいんです」

「そ、そう」

 あまりの勢いに身体がのけぞりそうになる。

「まだ早いからって師匠はまだ基礎的なもの以外は教えてくれないですし、お二人はどんな魔術が得意なんですか?」

「ええ、っと、それは」

 ようやく火を出せたばかりだ、とは言い出せるような感じではなかった。

「ケイオン、それは人に聞くようなことではない。少なくとも魔術師の振るまいではない」

 それに返したのはアランだった。

「あ、そうですね、すみません、つい嬉しくなってしまって」

「アラン、そこまで言わなくてもいいじゃない」

 普段通りではあるが、それに増して冷たそうだった。

「君はどうして魔術師になりたいんだ?」

「だって、魔術師は人を助ける大切な仕事じゃないですか。お二人だってそうなんでしょう?」

「ケイオン、君は」

 アランは何かを言いかけて、視線をケーリュに移した。

 それを受け止めたのか、ケーリュは真剣そうな顔でアランを見つめている。

「ああ、そうか、わかった。エミーリア、私たちは宿屋に行こう」

「ちょっと、アラン!」

「また明後日、ここに来ればいいのか?」

「そうだな、転送門はここから歩いて一時間くらいのところにある。午前中に来てくれば昼には起動する」

「だってさ、エミーリア」

「うん……」

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