第一話 途中の始まり 8
「魔術師は、なぜ認識の改変を自らに行うのだと思う?」
夕食を食べながらアランが切り出した。
今のところ、日中はいつもと変わらず、午前は掃除をして、午後は本を読んで、そして寝る前にアランと一緒にいる。手を握りながら眠ることはさすがに緊張してしまうので諦めて、私が眠るまで待ってからということになった。それでも朝起きればアランが部屋にいる。毎朝、なんだか懐かしいような、ほっとしたような気持ちになっていた。
夢の中で見るのは小さな私。
彼女は夢を見るたび、少しずつ年を取っているようだった。
会話はうまくいかず、要領を得ないやり取りばかり。
数日が経ち、いよいよ十六歳の私に近づいていた。
アランが来て一週間近くになり、かなり打ち解けてきた。彼は自分自身のことはあまり話したがらないが、この世界にあるいろいろなものを教えてくれる。文字で読むのと耳で聞くのでは大きな違いだった。それは彼が私のことをきちんと見て話してくれるからでもあるだろう。
「世界を正しく捉えるため?」
アランの質問に答える。
「そう、教科書通りの話としてはね」
「違うの?」
アランが口の端を上げた。
「いや、間違っていない。導入としてはそうだし、多くの魔術師もそう思っている。ただ、ここが大事な問題で、また多く魔術師が目を背けている点がある。それは、認識の改変を行って世界を正しく捉えるのであれば、今見ている世界は『正しくない』のか、というものだ」
「え、ああ」
アランの言うことをなんとかして飲み込む。
「私たちはそんなことをしなくても生活をすることができる。常人にかければ発狂してしまうようなことを、わざわざ自らに行う危険を冒してまで捉える必要が、本当にあるのかどうか」
「でも、それが魔術師なんじゃ」
「そう、本質としてはね、それを知りつつ、それでも深みに潜ろうとする意思を持つものだけがなるものだ。魔術師は職業ではなく、意思のあり方なんだよ。今では才能があるというだけで、生活をするために魔術師になる浅薄な人間が多いのも事実だけど」
アランが小さく笑った気がした。それは他の魔術師に対する嘲りのようなものが混じっているように思えた。
「そろそろレッスンが終わる。だから私は君に問い出さなければならない。エミーリア、君には魔術師になる覚悟があるのか、と」
「そんなの当たり前じゃない」
今さら何を言うのだろう。
「君がこうして暮らしているのは、あるいは異端の才能があるのは、『たまたま』なんだよ。運命なんかじゃない。だから、君は魔術師になる『義務』はない。ここを出たとしても、魔術を使えるようになっても、魔術師以外の生き方がある。誰もそれを『強制』することはできない、たとえ君自身であっても」
「でも、私は、なれるなら、なりたい」
「ここで静かな暮らしをして、それで終わるのだって君は『選択』することができる。選択することこそが人間だ。生活は保障されているのだろう?」
「そんなことない!」
「今はただその可能性が見えたからそう思っているだけかもしれない。たとえば、私がここに来るまでの間、君はそれでも必死に魔術師になろうとしていたのかな」
アランの言う通り、ここに隔離されてから何もかも諦めてしまっていた気がする。でもそれは、希望がなくなればそうなってしまうのは当然ではないのか。
「でもでも」
「世界を正しく認識することが、君が今見ている世界を徹底的に壊すとしても、それを受け入れる覚悟がある?」
「アラン、あなたは」
何を知っているの?
「君がどのような選択をするとしても、私はそれを尊重するよ」
「あなたがそばにいてくれるなら、私は、正しく、世界を見る」
「わかった。最後の睡眠を取ることにしよう」
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