第一話 途中の始まり 9

 夢の世界。

 私がいる。

 膝を抱えている私。

「ねえ」

「なに?」

 少し緊張したような、こわばったような声で彼女は返した。

「誰?」

 彼女はつっけんどんな態度だ。

「誰って、私は私だよ」

「違う、あなたじゃない」

 彼女が私の背後を指さしたので振り返る。

「アラン……」

 そこにいたのはアランだった。

「ようやく君の夢に入れた」

 アランは視線を横に移すと椅子が現れた。その椅子にアランが座る。

「どうやってここに?」

「今までの魔術師ができなくて、私ができたのはね、私が君をただ一人の人間として扱い、君が私を信頼してくれたからだ。壁は君の心にあり、魂にあった」

「私は、あなたを知っている」

 うずくまっている方の私がアランに向けて言った。

「それはそうだろう。第一、ここは私の城なのだからね」

「えっ?」

 声を出したのは私の方だ。

「私は君の最後の婚約者、と言っただろう? それはその通りで、そして私は君に実験をした最後の魔術師でもある」

 落ち着いた口調で淡々とアランが言う。

「じゃあ、あなたが、私を閉じ込めたの?」

「いや、閉じ込めたのは『君自身』だよ。私はそれまでの魔術師とは違い、私ではなく、君自身に君をコントロールさせようとした。外側から抑え込むのではなく、身体認識を拡張させ、内側から溢れさせようとしたんだ。君に侵入して、内側から外へノックをさせようとした」

 アランが続ける。

「しかしそれは失敗した。私もやはり他の魔術師と同じく、君をどこかで実験体のように思っていたのだろう。君は溢れようとした自分を守るため、周囲をまるごと取り込んで認識を改変した。君は正しく魔術を使うことができた。君は内側なら魔術が使えた。どこまでを『内側』と認識するかの問題だったんだよ」

「アランが言う通りなら、私を閉じ込めた結界を張ったのは」

「エミーリア、君が結界を張った。誰も寄せ付けず、誰にも干渉されない世界を作ったのは、君自身だ。君が望んだんだ」

「私の記憶と全然違う」

「そう君は自分の認識を書き換えてしまったんだ。自分の都合のよいようにね」

「そんな。でも待って、私が結界を張ったのなら、そのとき、あなたはどうなったの?」

 アランがゆっくり目を閉じて、大きく頷いた。

「私は咄嗟に防護をしたが間に合わなかった。私は君の世界を改変する魔力に押し潰され死んだ。まあ私にも責任はあると思っているし自業自得だとも言えるが」

「でも、アランはいるじゃない」

 この一週間をともに過ごしたアランは、間違いなく存在していた。幻なんかじゃない。

「潰されたのは私の内部であって、外側の殻はそのままだった。その内部に君の魔力が入り私の魔力のほとんどは消し去り、わずかに残った私の魂と結着して再生したのだろう。だから、私の一部分は君でもある。今の私はほとんど死体のようなものだ」

 彼の手が冷たかったのは彼がもう死んでいるからだ。

「さあ、もう時間だ。君は自分の手を取って、君を連れ出すときがきた」

 昔の私が今の私を睨んでいる。ゆっくりと、しっかりと、私は彼女に近づき、手を伸ばす。彼女は動かない。

「ごめんね」

 腰を屈めて彼女と同じ目線に立つ。

「帰ろう」

 私は彼女を抱きしめる。彼女が震えているを感じ、一層強く包み込む。

「私は、続きを始めるよ」

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