第12話
正雄の住む地方都市には、犬鳴峠と言う有名な心霊スポットがある。
休み時間に会社の後輩たちがその犬鳴峠の話をしていた。
正雄は何となくその話を聴きながら、そんな所より自分の今置かれている環境のほうが、
もっと凄いのにと言いたい気持ちを抑えていた。
人に言っても信じて貰えないだろう。
「先輩、今度行きましょうよ、犬鳴」
「はぁっ、今更犬鳴峠?今までに何回も行った事あるやろ」
「でもあそこ、マジで最強スポットっすよ」
犬鳴峠は今までに何回も行った事はある。
確かに不気味な場所ではあるが、実際に幽霊を見たことは一度もない、だが今の状態で行ったらきっととんでもない事になるだろう。
「じゃあ先輩、犬鳴峠のまだ奥に猫峠って言うのがあるのを知っています?」
「え、猫峠?えらい可愛らしい名前やな」
「知る人ぞ知る所ですよ、そっちの方がヤバイらしいですよ」
「ふ~ん、そんなトコ有るんや」
「ね、先輩行ってみましょうよ」
本当は行きたくないのだが、後輩の前だから少し恰好も付けたい。
何となく今度の休みに行く約束をしてしまって居た。
猫峠へは後輩二人と正雄の三人で行く事になった。
三人でお金を出し合ってレンタカーを借りる事にした。
車はヨシダ自動車のキャローラだ。
運転は正雄がする事になった、車の運転は久し振りだ。
始めの内はあまり乗り気がしなかったのだが、久し振りの運転と猫峠と言う可愛らしいネーミングに何だか楽しい気分になって来た。
「先輩、幽霊って信じます?」
「幽霊、おう、居るぞ、本当に」
「ええ~っ、見た事あるのですか?」
「ん、お、おう、まぁな、見たことはある」
「マジっすか、俺は一度も無いっスわ」
後輩たちとそんな話で盛上りながら、あの信号機を渡ればもう猫峠の入口だ。
夜中の二時だ、普通なら黄色の点滅信号のはずなのに赤信号になっている。
誰か押しボタンを押したのかなぁ、と何となく横断歩道の所を見ると、学生服姿の幽霊が立っていた。
「うわぁぁぁ、なんやコイツ、出た」
「お?お前らにも見えるや」
「ヤバイっす、怖い、怖い、先輩逃げて~」
後輩達の尋常じゃない怖がり方に、正雄も何だか怖くなって来た。
見た瞬間にこの世の者では無いのが分かった。
学生服を着て、多分まだ中学生くらいだろう。
目が銀色に光っている。
中坊の癖にめっちゃヤバイ匂いがする。
この間の武士の霊より格上やなと正雄は思った。
赤信号など無視だ、アクセル全開にして早くこの場を離れたい。
「うわぁ、コエ~ッ、先輩早く~」
「マジ初めて見た!やばっ!」
自分が見えるのは分るが、後輩にも見えていたとなると、よほど霊格が高いのだろうか、強い力を持った霊に違いない。
ドォ~ン! 一瞬何が起ったのか分らなかった。
中坊の霊がキャローラの後ろトランクの上に飛び乗って来たのだ。
後ろドアの窓枠をしっかり掴んでいる。
レンタカーなのに、傷付いたらどうするつもりなのか。
「なんやコイツやばい!先輩~」
「うわ、うわ、うわ、うわ、うわ~」
後ろの席に居る後輩たちは大騒ぎだ。
正雄もこの中坊の霊は、本当にやべぇ奴だと思った。
この先は峠だ。
何とか振り解いてやりたい、こうなったらイニシャルDよろしくアクセル全開で峠を走るしか無さそうだ。
何本目かのカーブをドリフトしながら曲った時に、ふと車体が軽くなった。
中坊の霊を振り落としてやったのだ。
ドアミラー越しに見えたのだが、身体の方は飛ばしてやったが、両手はまだしっかりとドア枠を掴んで居る。
腕の途中から千切れて血管や肉がバタバタと風になびいている。
鯉のぼりの一番上でなびいて居る、コレ何鯉ですか?て奴みたいになって居る。
その腕は、暫くの間引っ付いていた。
いつの間にか猫峠を越えていたようだ、近くの空き地に車を停めた。
「アレはホンマにやばかったで」
「もう居ないっすよね、先輩」
「もう居らん、でも一回戻ろうと思っとる」
「はぁ?マジで言っています、どうして?」
「ちょっと確認したいことがあってな」
「意味分らないです、辞めて下さい、先輩」
「アノ時お前ら見て無いやろ?手が千切れて身体が飛んでったんやで、幽霊がそんなことになるか? もしかしたら本当は人で、それやったら俺が殺した事になるやろ? それだけは確認しときたいんや」
「ダメです、絶対にアレは幽霊です」
「人殺しにだけはなりたく無いからな、どうしても確認しときたい」
正雄はどうしても確認しに戻りたかったのだが、後輩たちがそれを絶対に許さない。
暫くの間押し問答が続いたが、二対一では正雄に勝ち目は無かった。
仕方なく帰る事になったが、正雄は後でもう一度見に来ようと思って居た。
後輩たちを降ろした後で、独りでも確認しに来なければならない。
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