第10話
あたたたたたっ、親指の痛みに正雄は飛び起きた。
見ると正雄の腕におばさんが覆いかぶさる様にして乗って居る。
「痛ぇ痛ぇ、痛えって」
おばさんが正雄の腕にしがみついて、親指を反対方向に曲げているのだ。
力一杯振りほどいたが、おばさんはまた正雄の腕にしがみついて来ようとする。
「おい、おばはん、そこで何しよるんか」
ここでようやくおばさんと目が合う。
おばさんは、ビクッとした。
「遅っ!ババァそこで何をしよるんか」
「はぁ、はぁ、アンタ見えるんか」
「おい、同じ事を二回も言わせんな、ババァそこで何をしよるんか」
「ふんっ、あたしゃババァじゃないわ!」
「どっからどう見てもババァやろうが、おう!このクソババァがぁ、このぉ!」
「アンタなぁ、いきなりババァ言うてから失礼やないの!そもそもあたしゃまだそんな歳じゅあないわ!」
こともあろうか、このおばさんの霊は正雄の怒鳴り声に対して、怯む事無く居直り返して来たのだ。
そこからはしばらくの間口論が始まった。
最近の正雄は相手の霊に対していかに己の所業が間違って居るのかと、正論をぶち込んでネチネチとやる技を習得したのだが、このおばさんの霊は中々の強者だ まず己がババァだと言う事すら認めようとはしないのだ。
最近の事ではあるが、正雄のぶち込む正論に対して大抵の場合、霊魂達は反省の念を示すのだが、このおばさんはビクともしない。
ここ数週間で培ってきた自信は見事に崩れ去ってしまった。
「アンタな、人をババァ呼ばわりしてホンマ腹立つわぁ」
人ではなく霊魂なのだが、正す気力も無くなって来た。
面倒くさいのだ。
「分かった、分かった、おばさんね」
「アンタ初対面でおばさんも失礼やで」
「あ、そう、じゃあ奥さん、で奥さんは」
「結婚してないわ!まだ初婚やわ!」
正雄はもう面倒くさくなって来た。
明日も仕事なのだ、早く寝なくては仕事に障る。
世の中は広い、広すぎる。
あの世も合わせると途方もないものだ。
調子に乗りすぎていたのだ。
正雄は天狗になっていた。
謝ろう、誤って許しを乞うのだ、これはきっと天狗になっている正雄を諫める為に送りこまれてきた刺客に違いないのだ。
正雄は素直に謝るコトに決めた。
「お姉さん、数々の暴言申し訳ありません」
「はぁ、お姉さん?アンタバカにしているのんか、そう言ったら私が喜ぶ思っとるんか」
「…」
「なぁ、バカにしているやろ、なあ、なあ」
「い、いや、すいません」
「ホント心から謝っているのかいな、なあ」
「本当に心から悪いと思っています」
「ホントやなぁ、なあ、なあ」
「この通りです、申し訳ありません」
「アンタ男が土下座してどないすんの」
「はぁ、で、でも…」
「泣いているの?キショイわぁ、男のくせにホンマにキショイわ」
「…」
「まぁ、アンタの気持ちは良く分かったわ、また来るから」
「あ、いや、そ、それは…」
「その時までもっと男を磨いときない」
「ち、ちょっと、ま、まって」
おばさんの霊はまた来ると言い残して消えたのだ。
また来るのだ。
正雄は初めての挫折を味わったのだ。
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