第9話
正雄は考えて居た、このアパートに越して来て早くも二ヵ月になる。
心に語り掛ける技はまだ出来ないが、他の事が幾つか出来るようになった。
まず金縛りを解く方法を編み出した。
金縛りに掛かった時、無理に力を入れてジタバタしてはダメだと言う事が分かった。
逆に身体の力を抜いて全神経を集中させるのだ。
すると金縛りの圧力に強弱が有る事に気付いたのだ、まるで呼吸をしているようだ。
それを利用して力が弱くなった瞬間に此方の力を一気に入れる、グァッと言う感じだ。
するとバチッと言う嫌な音と共に金縛りが解けるのだ。
それが正解かどうかは分からないのだが、金縛りは解ける。
身体には良くない様な気もするのだが、一歩前進だ。
それから霊が現れた時は、強気な態度で接すること。
いきなり怒鳴り散らす事もあるが、これは正解だと思う。
証拠に向こうが何かを訴え懸けて来る前に消える、いや逃げるのだ。
佐代子の様になってしまえば今更無理だろうが、初対面の霊には効果覿面だ。
思えば軍服の霊もババァの霊も始めから強気で接して居たので、二度と近寄っては来ない。
成仏こそさせられないが、まずは降り掛かる厄を払えているのだ、これも一歩前進だ。 金縛りに掛かる夜には“今日は来るな”と予め分かる様になった。
これは以前から予感はあったのだが、今では百発百中の確率で分かる様になったのだ。
頭の後ろの方から“ぞわっ”として来る感じを正確に捉えられる様になったのだ。
以前の正雄ならスルーしていただろう。
俺は順調に力を付けている、そう確信した。
そんな事を考えながら居ると、後ろの方から視線を感じた。
振り返って見るとサラリーマン風の男と目が合った。
正雄の部屋なのだから、普通では有り得ない、霊魂だ。
「こら、お前何しとんのか」
「あ、す、すいません…」
そう言うと慌てて逃げ出そうとする。
「ちょっと待てや」
「えっあ、はい、すいません…」
何とも気の弱そうな霊である。
親しみさえ覚えてしまう。
「お前、何でここに居るんや」
「はぁ、あのぉ、私交通事故に遭いまして、たしか救急車で運ばれていたと思っていたのですけど…気が付いたら…ここに居まして…あ、すいません、すぐに出ます」
「いや、ちょっと待てよ」
「はぁ、分かりました…」
サラリーマン風の霊はその場に正座した。
「アンタ名前は?」
「はい紹介遅れました、私木戸と申します」
「じゃあ木戸さん、アンタ死んで居るのが分かっているの」
「ま、まさかぁ、私が?今こうして話していますよね…死んでいるなんて、ねぇ」
やっぱりそうだ、自分が死んで居る事に気付いていないのだ。
だから成仏出来ないでこの世を彷徨い続ける。
可哀そうだがこの男も、自分で悟るまでこの世を永遠に彷徨い続ける事になるだろう。
「木戸さんさぁ、今の自分の状況をよく思い返してみておかしいと思わない?」
「…」
「よ~く考えてみ、普通じゃ有得ないやろ」
「はぁ、そうですよね」
「アンタは救急車の中で死んだのやで」
「私、今死んでいるのですか」
「そう考えたら、辻褄が合うやろ」
「ん~、まぁ、そうですけど…」
「他に考えようは無いやろ」
「ですね…じゃあ、これから私どうすれば良いのでしょうか?」
「成仏するしかないなぁ」
「はぁ、でもどうやって…」
「俺が知る訳無いやろ」
「そんなぁ~、無責任な」
「無責任って、アンタの問題やで」
「そうですけど、一緒に考えて下さいよう」
一緒に考えてくれと言われても正雄にも分からない、正雄はまだ生きているのだ。
死んだ後の事なんて、死んでみないと分かる訳が無いのだ。
面倒くさくなって来て、このままほったらかそうかと思ったとき、木戸が何かを言い出した。
「あれ、何、どうしたの、おばぁちゃん」
「ちょっ、木戸さん、どうした、ねぇ」
「おばぁちゃん、おばぁちゃん」
天井の方から眩しい光が差して来るのが見えた。
とても眩しく正雄は目を開けて居られない。
それでも薄目を開けて見ていると、木戸が幸せそうな顔をして消えて行くのが分かった。
どう言う事だろう、これは。 もしかして木戸は成仏したのだろうか。
木戸はおばぁちゃんと言って居た。
先に死んで成仏して居たおばぁちゃんの霊が迎えに来たと言う事だろうか。
木戸が死んで居る事を認めさせたことで、木戸は己が本当に死んだのだと悟ったのだ。
この世に未練のない木戸だから成仏出来たのだ。
自分が死んだのだと理解するだけで良かったのだ。
正雄は成仏させると言う意味が、何となく分かった気がした。
正雄は知らぬ間に除霊をして居たのだ。
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