第8話

 アパートへ帰るとババァが座って居た。


 正雄の部屋である。


 ババァは霊魂だ、帰って来た正雄を見ようともしない。


 ムカつくコトに正雄の座椅子に座っているのだ。


「おいババァ、お前なにしとんのや」


 思わず汚い言葉が出た。


 この前の軍服の霊の時みたいに無性にムカつくのだ。


 しかしババァは何事も無い様に此方に向こうともしない、無視と言うヤツだ。


「お前人の部屋へ勝手に入って来て、ようそんな態度で居られるな、ゴラァ!」


最後のゴラァ!は、コラァ!とゴルァ!の中間くらいの声で発音した。


 しかしババァは知らぬ顔で、正雄の座椅子に深く腰掛けて居る。


 まるで自分の椅子に座って居るかの如く、正雄の存在など気にも留めない。


 それから暫く正雄はババァを脅したりスカしたりしたが、ババァはビクともしない。


 いったい何なのだこのババァは、何を訴え懸けたいのかサッパリ分からない。


「バァさんよぉ、いい加減にしてくれや」


「おいババァ、聴こえとんのか」


「ババァ、コラァ、お前、舐めとんかい」


「しばくぞホンマ、クソババァがぁ」


「たのむ、何とか言ってくれ~」


 正雄は疲れて来た、お年寄りに手を挙げてはいけないのは勿論分かっている。


 でもこのバァさんには良いだろうと思った時だった。


 正雄は疲れて来た、お年寄りに手を挙げてはいけないのは勿論分かっている。


 ババァはゆっくりとした動作で立ち上がり正雄の方に一瞥くれると、壁の方にヨタヨタ

と歩いて行き、そして消えた。


 何がしたかったのか不明のままババァは居なくなった。


 この間の軍服の霊もだが、ラップ音とか金縛りとかみたいな一連の動作無しで、こんな感じでいきなり来たりもするのか…。


 でもあのババァは苦手だなと正雄は思った。


 それから何日か過ぎて田島さんが部屋を見に来てくれた。


 やはり田島さんの言う通りこの部屋は霊の通り道なのだそうだ。


 そうだろうなと思って居たが、そうだと言われるとがっかりしてしまった。


「どうするね吉永君、早く出た方が良いよ」


「はぁ、でもまぁ、お金も無いですし」


「私の家に来たって良いのだよ」


 田島の言葉に思わず甘えそうになった。


「良いんすか、けどまぁ、もう少しここで頑張ってみようと思います」


 本当は甘えたいが、何とか断った。


「そうなの、私は全然構わないのだよ」


「はい、いよいよの時はお願いします」


「何か障りがあっては遅いのだからね」


「すいません、有難う御座います」


 何時でも良いからと何度も念を押して田島は帰って行った。


 良い人だ、頭が下がる思いだ。


 しかし家にまで押しかけて行く訳にはいくまい、そんな図々しい真似は出来ない、正雄にも一応プライドはあるのだ。


 その夜久々に佐代子が現れた。


 最近の正雄は金縛りが来る夜は何となく分かるのだ。


 あ、今日は来るだろうなと分かるのだ。


 力が少しずつパワーアップしているのだろうか。


「ねえ、ちょっと聴いてみたいのだけど」


「なに」


 佐代子は露骨に怪訝そうな顔をした。


 こいつも自分の事しか考えて居ない、此方からの質問を極端に嫌がるのだ。


 提案などしようものなら真っ向から否定する。


 自分に力が足りないからだろうか、田島ならとっくに成仏させているのかも知れない。


「君は成仏したいとは思わないの」


「はぁっ」


 此方の気持ちも考えずに眉を吊り上げた、どうすればそんな顔が出来るのだろう。


 取りあえず田島が言うように佐代子の心に語ってみる事にした。


「アンタ何ずっと黙っているのよ、いきなり変な事言い出してさ。 そんな事より私の話を聴いてよね」


 やはりダメだ、まだ自分はその域までは達していない。


 どうやれば心に語る事が出来るのか、全く雲を掴む様な話だ。


 その日は結局朝まで佐代子の話に付き合う羽目になった。


 同じ事を繰り返すだけの話だ。


 早く心に語り掛ける力を習得せねば、何時までもこんな事を繰り返すのだろうか。

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