第5話

 パリーン! 正雄は夢の中でその音を聴いた。


 それからすぐに金縛りに掛かった。 

何とも力強い金縛りだろうか、何時もの佐代子のヤツならこっちが力を入れたら直ぐに解けるのだが、この金縛りはビクともしない。


 気が付くと枕元に武士が立っていた。


 時代劇とかに出て来る武士そのものである。


 物凄い形相でこちらを見下ろしている。


 めっちゃ怖いんですけど…と言うか、佐代子を初めて見た時も怖いと思ったが段々と慣れて来てしまい、幽霊って大して怖くないのだと決め付けていた。


 正雄は己の浅はかさを反省した。


 この武士の霊は本当にヤバイと本能的に感じ取っていた。


 しばらくして金縛りは解けたが、武士の霊はまだそこに仁王立ちして居るのだ。


 正雄は飛び起きると、素早い動作で武士の足元にひれ伏せたのだ。


 土下座の体制である。


 武士の霊もいきなりの正雄の行動に、少し驚いた様子になった。


 あまりにも怖くて取った行動だ。


「いかが致した」


「はい、お武家様、申し訳ございませぬ」


「なぜ伜が謝るのだ」


「はい、もしお武家様が私に何かを頼まれるとしても、私には何も出来ないからに御座いまする」


「なぜ儂が頼みごとをすると分かるのだ」


「何も用が無いのに私のような者の所へ、お武家様の様なお方がお尋ねになるのはおかしいからで御座いまする」


「儂の頼みは聴けぬと申すのか?」


「そんな、滅相もございません。 力が無いので御座いまする」


「ほぅ、力のないお主が、何故今儂とこうして話が出来るのだ」


「分かりませぬ、この部屋に越して来てから初めて見えるようになったのです」


「ふむ、じゃあまだ力の使い方が分からぬと申すのだな」


「力と言う言葉も今初めて知りました。お武家様、その力と言うのは何なのでございましょうか。私にあるのでございますか?」


「うむ、相分かった。 手間を取らせて済まない事をした。 許せ」


「とんでも御座いません、また何時でもお越しくださいませ」


「そうか、ならばまた来よう。 さらばだ」


 そう言い残して武士の霊は消えた。


 どういう意味だろう、力とは何のコトなのか…分からないコトが多すぎるのだ。


 それにしてもあの武士、めっちゃ怖かった。


 身体が動くようになったとたんに、飛び起きて土下座を披露してしまったのだ、こんなコトは初めてだ。


 返事も精一杯言葉を選んで返したつもりだが、あれで良かったのだろうか。


 二度とあんな怖い思いはしたく無いが、あの武士はまた来ると言った。


 またお越し下さいと言ったのは正雄だ、社交辞令に決まっているのだが、まさか分かったまた来ると言うとは思わなかったのだ。


 またあんな怖い思いをすると考えたら、気分は駄々下がりだ。


 なんだこのアパートは?ここに越して来てろくなコトがない。


 成仏出来ない霊魂達は何て自分勝手なのだろうか。


 何をするにも全て向こうのペースではないか。


 こっちが仕事に疲れて寝ていようが、お構いなしだ。


 何かをして貰いたくて現れるのなら、もっと別のやり方があるだろうに…。


 最終的にはこっちに頼んで来るのならもっと下から来るべきなのだ。


 一回金縛りで動けなくさせる必要がどこにあるのか。


 考えれば考える程、頭に来てしまう。


 正雄は思った。


 さっきの武士の霊には無理だが、もしこれからも霊魂が自分の前に現れるとしたら、強気で接するコトにしよう。


 怖いコトなど何も無いのだ、自分も死んでしまえば霊魂になるのだ。


 そうなれば同じ土俵に立つコトになるのだ。


 例え呪い殺されたとしても、死んでしまえばどうしてくれるのかと詰め寄るコトも出来よう。


 だいたい霊魂に人を呪い殺す様な力などある筈が無い、テレビやお話しが作った脚色だ。


 出て来た霊魂にビックリして事故を起こしたとか、そんなコトは有るかも知れないが、それは単なる偶然に過ぎない。


 兎に角もう霊魂に気を使うのは辞めよう。


 そう考えると気が楽になって来た。


 そう言えば、佐代子の時も武士の霊の時も現れる前に何か音がしていたが、アレはラップ音と言うらしい。


 霊魂が近くに居る時にする音だと言う。


 なぜそんな音がするのかは不明だが、もしかして霊魂が別の次元からこっちの次元に来る時に次元が裂けるか何かして出る音なのでは?と正雄は考えている。


 武士の霊が去り、色々と考えて居たらもう午前四時だ、佐代子はもう来ないだろう。

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