第4話

 正雄の働いている工場は大手自動車メーカーの下請け会社だ。


 場所は工業地帯の中にあり、似たような建物ばかりで始めの頃は良く迷ったものだ。


 正雄の会社だけで80人近くの工場員が居る。


 作業終了時間はどこも同じなので、帰宅時になると、まるで祭りのようだ。


 他所の工場からもいっぺんに人が出て来て、いつも混雑するのだ。


 この中に何人の人間が幽霊を見たことがあるだろうか、と正雄は思った。


 女は佐代子だと自分の名を名乗った。


 あの日から毎晩現れるようになった。


 迷惑極まりない。


 こっちには仕事があるのだ、金は無いが別に遊んで暮して居る訳では無いのだ。


 睡眠時間を大幅に削られているのだ。


 今日だって一瞬眠ってしまい、レーンを止めたのだ。


 お陰で工場長の横田に散々怒られてしまった。


 こんな生活がいつまでも続くとなると、身体がどうにかなってしまいそうだ。


 早急に何とかしないと仕事にまで大変な穴を開けてしまいそうだ。


 佐代子は本当に迷惑だ。


 正雄が何を言っても聴かないのだ。


 その癖自分の話は聴いて欲しいのだ。


 自分がいかに苦しかったか、男が最悪の裏切り方をした、等々を朝まで聞かされるのだ。


 それも結局は同じ話の繰り返しなのだ。


 今日は土曜日だから、かれこれ一週間になるのだ。


 しかし、世に居る幽霊と言うヤツは皆こうなのだろうか?自分の事ばっかりで、人の迷惑を省みない。


 きっと成仏出来ない霊魂達は、頑固者で自分の考えに凝り固まって居る様な連中なのだろう、素直な霊魂ならさっさと成仏しているはずだ。


 考え事をしながら原付を走らせて居たが、次の角を左に曲るとアパートの屋根が見えて来る筈だ。


 正雄は夜のコト考えた、気が重くなって来た。


 あのアパートに越して来てから余り眠れて居ない。


 佐代子の件が一番の原因なのだが、ちょいちょい変なコトが起こるのだ。


 テレビを見ていたらいきなり消える、今度は消えているテレビが夜中にいきなり点くのだ。


 佐代子の仕業だと思っていたのだが、聞いてみるとそんなくだらない質問で私の話しを中断するのは止めろと怒られてしまった。


 物が勝手に移動していたりするのだが、佐代子には聞いてない。


 もしかすると、佐代子の他にも何か居るのかも知れない。


 あの部屋の家賃を払っているのは自分だ、だからあの部屋の権利は自分にあるのだ。


 誰であろうと自分の許可なくして住み着くなど、させてなるものか。


 正雄は部屋に着くと、まず玄関ドアの両横に塩を盛った。


 あと気になる場所、勝手に物が動いていた所などにも盛り塩を置いた。


 こんなものが効くのかなど分からない。


 しかし、何もしない訳にも行くまい。


 ささやかな抵抗である。


 そして、昨日図書館で借りて来た心霊関係の本を読み始めた。


 本によると、元々幽霊とは何かを告知する、要求する等の為に出現するとされていたとあった。


 しかし、次第に怨恨にもとづく復習や執着の為に出現していると考えられるようになり、幽霊は凄惨なものと言う印象が強められていく。


 幽霊の多くは、罷業な死に方を遂げた者、この世の事柄に思いを残したまま死んだ者の霊魂であるのだから、その望みや思いを真摯に聴いてやり、執着を解消して安心させてやれば、姿を消すと言う。


 なお、仏教的見地でいった状態になった幽霊を成仏したと称すると本に乗って居た。


 正雄は本を閉じた。


 まさに佐代子をどうするかと考えていた答えが乗って居たのだ。


 執着を解消して安心させてやれば姿を消す、とあるではないか。


 佐代子の執着とは彼氏のことである。


 その彼氏をどうやって解消するか。


 探すしかあるまい、四〇年前に事件があったのだから、今は七十歳前後だろう。


 もしかしたらまだ生きている可能性がある。


 もし死んでいたのなら、それはそれで諦めも付こう。


 そう考えると、探してやるからと彼氏の情報を聞き出せる様な気もする。


 佐代子がこの部屋に呪縛されているのだから、付き合っていた彼氏の住所はそれ程遠くはないはずだ。


 正雄は今まで迷宮を迷っていたのだが出口を発見した様な気持ちになった。


 思えば佐代子も可哀そうな女である。


 そう思うと夜中が待ち遠しくなって来た。


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