第3話
パシッ! その時がやって来た。
正雄が布団に入りウトウトとしている時にきた。
何か音がしたと思っていたら身体がいきなり動かなくなったのだ。
また上から抑えつけて来る感じだ。
あれだけ自分に気合を入れたつもりだったが、実際に来るとなるとやっぱり怖くなって来た。
しばらく金縛りの状態が続き、今度は段々と焦れて来た。
そして前回同様いつの間にか身体の上に居た。
そうだった、何か言ってやるつもりだったのだが、声が出せないのだ。
女は二十七~八歳と言ったところだろうか、正雄より少し上くらいに見えた。
正雄を見ているが見ていない、そこに正雄は居ないと思っている感じだ。
化粧をすればきっと美人だろう。
身体が全体的に薄く見えるのだが、幸も薄そうだ。
以前男に捨てられてこの部屋で自殺でもしたのだろうか。
そんなストーリーを思わず想像してしまいそうな雰囲気なのだ。
「ちょっとお姉さん」
普通に声が出せた。
無理に出そうと思っていたから出なかったのだろうか。
「聞こえていますか?」
正雄が話しかけてみると、女の瞳の焦点が合って来たのが分かった。
何とか意思の疎通は図れそうな気がする。
「分かりますか?」
「…」
「俺のコト見えていますか」
「なに」
「な、なにって。自分のしているコトが分かっていますか。ここは俺の部屋ですよ」
女は面倒くさそうにゆっくりとした動作で正雄の上から降りた。
そして立ったまま上から正雄を見下ろしている。
正雄はいっぺんに女のコトが嫌いになった。
「あのねぇアンタ、ここは俺がちゃんと家賃を払って生活―」
「うるさい…」
「え?」
「うるさい…ゆるせない…ゆるせない」
「ち、ちょっと、おねえさん」
「ゆるせない、ゆるせない、ゆるせない、ゆるせない、ゆるせない、ゆるさない」
急に豹変した女に、正雄は青くなった。
いきなり許せないと連呼し始めて、最後の方は許せないから許さないに変わった。
何か触れてはならない物に触れたのか。
「ちょっと、どうした」
「ゆるさない、ゆるさない、ゆるさない」
「お、落ち着こう、とにかく落ち着こう」
「ゆるさない…ゆるさない…」
「どうした?辛いコトがあった?」
「ゆる…さな…い」
「辛らかったんやね、苦るしかったんやね」
「…」
本当は、辛かろうが苦しかろうがどうでも良いのだが、正雄は自分に出来る精一杯の優しい顔を作って、優しく問いかけた。
剣があった女の顔が少しだけ穏やかになった様な気がする。
なんとか意思の疎通は図れそうな気がする。
「お姉さんに何があったか俺は分らんけど、話せば少しは楽になると思うけど」
「…」
「話したくないなら別に良いけど」
ちょっと突き放すように言ってやった。
しばらく様子を伺ってみる。
「わた…し…の」
「ゆっくりで良いよ」
もう一度優しい顔を作って言った。
するとゆっくりだが女は話し始めた。
驚いたことに、女が死んだのは今から四〇年も前になるらしい。
まだ正雄もこの世には存在してない時代から今の姿でさまよって居るのかと思うと、少し可哀そうになって来た。
彼氏が酷い裏切りをして自殺を謀ったらしい。
自殺の方法は怖くて聞けなかった。
しかし女は自殺したのだが、死ねなかったと言い出した。
それはおかしい、死んでいるから今ここに霊魂として存在しているのだ。
四〇年も前にこの世を去っているのに、自殺を謀ったのはついこの前だと言う。
そして自殺に失敗したのだと。
どうやら時間の捉え方が自分たちとは違うのだろう。
女の話しに正雄がいちいちそれはおかしいと突っ込んでみても、イラッとした顔をして否定をする。
おかしいのは正雄の方だと。
そんなやり取りを何度か繰り返して、正雄は理解した。
女が自分の考えを曲げないのは、女の中ではそれが事実なのだ。
自殺に失敗して苦しいのだと、自分を裏切った彼氏は絶対に許さないのだと。
きっとそれだけが女の中では現実なのだ。
他のコトは見ようとしない。
成仏出来ないと言うのは、きっとこう言う状態のコトを言うのだろう。
女は自分の世界の中に居る。
周りは見えてない、いや見ようとしない。
正雄は悟った。
きっと本当の状態を納得させるコトが除霊なのではないだろうか。
そう言えば、自殺で命を絶ったらその場所から動けないとか何とか、テレビか雑誌で読んだことがある。
何か呼び名があったはずだ、何と言ったか…。
勿論その時は信じて居なかった、作り話しだと。
今でも全て信じている訳ではない、その大半は作り話しだろうと思う。
しかし本当に霊魂が居たことには驚いた。
もしかしたら神様も本当に存在するのかも知れない。
話は戻るのだが、この女に何と言えば納得するのだろうか、骨が折れそうだ。
このままでは非常に困る。
毎日出てこられては溜まったものではない。
そうだ、今思い出した、女は地縛霊だ。
その場所に呪縛されているのだ。
厄介だなぁと正雄は思った。
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