第19話 新たな近衛兵

 side:倉橋宗仁くらはしむねと



「実は俺、ロリコンなんです!」


 まさかのロリコン宣言。高校生が自分の性癖をこんなに堂々と宣言するとは……私は藤野君のことを見誤っていたのかもしれない。


「藤野君、守備範囲は?」


 あまりの衝撃に思わず聞いてしまった。いやこれは好奇心を満たすために聞いたのではない。娘のために聞いたのだ、そこは勘違いしてほしくない。



 私の名前は倉橋宗仁くらはしむねと。倉橋琴音の夫で、由依の父親だ。ついでに倉橋物産の社長をしている。


 私は幼少期から、父親であり倉橋グループ現会長の倉橋宗和くらはしむねかずより帝王学を学び、厳しく躾けられてきた。だが父の期待には応えられなかったらしい。宗仁は素直すぎる――父にはよくそう言われた。小学校の先生には「素直で良い子」と褒められたのだがな。


 大学を卒業した後、私は倉橋のグループ企業で、出自を隠して平社員として働いた。とにかく現場で経験を積んでこいと放り込まれたのだ。色々たいへんだったが良い経験になったよ。何度も失敗し、何度も成功体験を味わったものだ。


 そして5年ほどあちこちの会社で働いた後、倉橋物産に入った。

 倉橋物産で働き始めてすぐに、当時の社長――まあ私の父なのだが、社長が私との面談に秘書を連れて来た。


 その秘書を見た瞬間、全身に稲妻が走り抜けた。いわゆる「ビビッ!と来た」というやつだ。美しく気高く優雅でセクシー……まさに究極の女性だと思った。私は社長との面談中、その秘書のことが気になってしょうがなかった。その秘書は仕事をテキパキとこなし、社長も信頼している様子だった。


 私は社長と二人になったときに聞いた「あの秘書は父さんの愛人か?」と。


「なんだ気に入ったのか?あれはただの秘書だ、手は出しておらん……まだな」


 社長はニヤリと笑って「欲しいか?」と聞いてきた。その表情にムカつきながらも私は「欲しい!嫁にしたい」と言った。翌週には、その秘書・岡村琴音さんとのお見合いに臨んだ。


「結婚はまだ考えてないのですが……」


 琴音さんは明らかに戸惑った表情をしていた。私の気持ちは社長から聞いていたらしく、見合いも社長命令で来たとのことだった。


「私と一緒になってください。必ず幸せにします!後悔はさせません!」


 私はこの機を逃してなるものかと、2時間ほどかけて必死で口説いた。


「……では一つだけ条件を付けます。私は今の仕事に生き甲斐と誇りを持っています。なので結婚しても仕事は続けさせてください。子供ができたとしても仕事は続けます。その条件を呑んでいただければ、結婚を前向きに検討します」


「もちろんです!好きなだけ仕事をしてください!私も全身全霊でサポートします!」


 私は全力で肯定した。



「素直で真っ直ぐな性格は好感が持てるところだけど、やっぱり良いとこ育ちのお坊ちゃんという印象は拭えないわね」


 何度目かのデートの帰り、琴音さんは少し笑いながらそう言った。付き合い出して分かったのだが、琴音さんは言いたいことをハッキリ言う性格だった。


「父さんにもよく言われるよ、それ。これでもあちこちのグループ企業で平社員として働いて、苦労してきたつもりなんだけどな。けっこう大変な案件も任されてたし」


 あの5年間は私にとって宝物で一生の財産だと思っている。


「……本気で言っているの?倉橋グループ跡取りのあなたに、そんな無茶な仕事をさせるわけないじゃない。3日徹夜しないと終わらない資料作りなんてしたことないでしょ?絶対に失敗は許されないプレゼンとかも任されなかったでしょ?そこそこ重要でそこそこ難易度の高い仕事しか回ってこなかったはずよ?」


「え!?俺、偽名で働いていたし、周りもそんなこと一度も言わなかったよ?」


「知らないていで接してくれてたのよ。幹部からお達しが出ていたもの。課長級以上の人は全員知っていたはずよ?それ以下の人も知っていた人は多かったはず。結構有名な話だったし」


「うそだろ……」


 私の5年が音を立てて崩れていく……。


「そりゃそうでしょ、御曹司に何かあれば一大事だもの。周りはさぞかし気を使ったでしょうね」


「マジか……。世を忍ぶ仮の姿で武者修行だなんて、なかなか格好良いなって思っていたのに」


「そういうところが良いとこ育ちのお坊ちゃんなのよ。でもまあ、その甘さは嫌いじゃないわ。そこは私が伴侶としてフォローしていけば良いのだし」


「伴侶……えっ!?それって、もしかして結婚OKってこと?」


「仕方ないでしょ?こんな素直で疑うことを知らない人、放っておけるはずないじゃない」


 琴音さんはそう言って呆れたように笑った。



 後に父から聞いた話によると、父は初めから私たちを結婚させる気で会わせていたらしい。琴音の仕事ぶりと、社長である自分に対しても物怖じせず言いたいことをハッキリ言う性格を気に入り、私の妻にしようと考えていたのだ。

 父の思惑通りで少し腹が立つが、それ以上に琴音に引き合わせてくれたことに感謝している。もはや私の人生は琴音なしでは考えられない。



 結婚して2年後に由依も生まれ、私の人生は順風満帆だった。


 それから数年後、まだ小学校にも上がっていない由依に、父主導の縁談が持ち込まれた。相手は父の妹の孫、つまり由依のになる。由依にも何度か会わせてみたが結構気に入っているようだ。早々に結婚相手が決まってしまい父親としては若干の寂しさもあるが、これは仕方ない。倉橋の家に生まれた者の宿命と思って受け入れよう。


 高校1年の夏休み明けに由依が突如「彼氏が欲しい」と言い出した。時々おかしなことを言い出す子ではあったが今回のは特大級だ。周囲は騒然となり、取り巻きの男どもが「時は来た!」とばかりに由依にアピールし出し、互いを蹴落とし始めた。

 彼らはグループ会社の幹部の子息たちなのだが、これまでは王女を守る近衛兵の如く由依の周辺にはべっていた。その近衛兵自らが王女を狙い出したのだ。

 収拾がつかない状況になってしまい、私は近衛兵たちに接近禁止を言い渡した。

 一応状況は落ち着いたものの、今度はこれまで近衛兵に阻まれて近づけなかった他の生徒が、由依にアプローチを仕掛け出した。


 父親の勝手な言い分だが、由依には盛りの付いた猿のような男どもを近づけさせたくないのだ。清純なまま嫁いでほしいと願っている。彼氏などもってのほかなのだ。


 そんな困った状況のときに現れたのが藤野真言君だ。

 彼は自分の性癖を友人にも隠すことなく話しているようで、その堂々とした振る舞いには好感が持てた。

 私は彼に近衛兵の役を任せることにした。成功報酬300万円に目の色を変えた彼なら、きっと娘を守り抜いてくれるだろう。私はこれでも人を見る目はあるほうなのだ。


 期待しているぞ!藤野君。

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君に彼氏は作らせない~成功報酬300万に釣られてお嬢様の彼氏作りの邪魔をしていた俺が、いつのまにか疑似彼氏になっていた件~ 一ノ瀬 六葉 @ichinose0608

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