第18話 後悔

 side:伊東友里絵



「――ウソ告で相手を傷つけて笑いものにするなんてさ、猫に石をぶつけて喜んでいる連中と大差ないと思うよ?」


 藤野真言にそう言われたとき、驚きと怒りと恥ずかしさで頭に血が上った。


「なに偉そうに説教してんの?この陰キャが!キモいんだよっ!」


 気づいたらそう怒鳴ってた。いたたまれなくなった私は、その場から逃げるように立ち去ったんだ。



 私は伊東友里絵、東峰高校2年2組。父親が小さな印刷会社の社長をしているので、一応社長令嬢だ。まあもうすぐ潰れるかもしれないけど。

 私はクラスでも目立つグループにいる。容姿だって校内でも指折りだという自負もある。そりゃあ倉橋由依と比べられたらキツイけどさ。


 ウソ告の相手ターゲットだった藤野真言は、目さえまともに見れないキモ陰キャだと思っていた。だから揶揄うのに丁度いいと思って楽園に呼び出したんだ。私のウソ告を受けた瞬間に、近くに隠れていた友達二人と一緒にバカにしてやるつもりだった。ちょっとした憂さ晴らしだよ?そんなマジに受け取ることないじゃん。


 それなのに真正面から見つめられ説教されて、正直ちょっとビビった。なんて言うか、目に力があったんだ。

 それに「こいつの言う通りかも」と私は心のどこかで思ってしまったんだ。それで余計に腹が立ったんだと思う。


 まあ藤野と話したのはそれが最初で最後。あんな冴えない奴と絡むことは頼まれてもごめんだし、向こうだって私のことは最低の女だと思っているだろう。今回のことはほろ苦い青春の思い出として残るかな?くらいの出来事だった。



 2年に進級して私は2組になった。

 しばらくして、藤野が倉橋由依の執事になったとみんなが驚いてた。「何であんな奴が」とか皆は言ってたけど、私に驚きはなかった。あいつなら倉橋さんの執事も務まるんだろうなって思えたんだ。


 ある日の体育の時間、同じクラスの前沢兼人が、何故か藤野とバスケ対決をしていた。市川和人が倉橋さんに事の成り行きを説明していて、私は近くでそれを盗み聞きした。どうやら倉橋さんを巡っての勝負らしい。

 前沢は2年なのにバスケ部のレギュラーだ。藤野が中学のときにバスケやってたとかなら分かるけど、そうではないらしい。はっきり言って無謀すぎる、そんな勝負を受けるなんてバカだと思った。


「あれが本当の藤野なんだ……」


 戦っている藤野は凄かった。真剣な表情、鋭く光る目、肉食獣のような気迫、私は只々ただただ藤野に見惚れた。どこがキモ陰キャだよ!誰だよそんなこと言った奴!

 私はすぐ横にいた倉橋さんをチラッと見た。彼女は祈るような表情で藤野を見つめていた。そしてその身体からは、どうしようもないくらいに歓喜の感情が溢れていた。そりゃそうだろうな、自分のためにあんな必死に戦っている男を見て何も思わない女はいない。私なら喜びのあまりに失神するかもしれないな。


 倉橋さんのその様子を見たとき、私は今まで感じたことがないくらいの凄まじい嫉妬を覚えた。そしてそれと同時に、すべてが遅いのだと絶望したんだ。


 ウソ告なんてしなければ良かった。もし、もっと普通に藤野と友達になって仲良くなっていれば、倉橋さんのポジションには私がいたかもしれない。私のために必死で戦う藤野の姿を想像すると身体が震えた。


 でももうどうしようもなかった。藤野からはウソ告で他人を揶揄って遊んでいる最低の女だと思われているだろうし、今から謝ったとしても決して私のことを好きにはなってはくれないだろう。それに倉橋さんがいる。いくら私でもあの人に勝てるなんて自惚れてはいない。

 私はただ遠くから見ていることしかできないのだと、嫌というほど思い知らされた。


 体育の授業が終わって着替えるために更衣室に入ると、皆が藤野の話をしていた。「格好良かった」「見直した」「ゾクゾクした」「彼女いないなら付き合いたい」など、藤野を絶賛する声ばかりだった。相対的に前沢の評判は地に落ちていた。まあそれは仕方ないだろう、倉橋さんが言ってたように姑息で格好悪いって私も思ったし。


 倉橋さんは嬉しそうに笑っていた。優越感?とはちょっと違うのかな、私はあんなに必死に誰かから守られたことないから、倉橋さんの今の気持ちはよく分からないけど、とにかく嬉しいだろうなってのは理解できる。正直、かなり羨ましい。



 今回のことで思ったことは、もう二度とウソ告はしないということ。それと例え陰キャであっても、これからはバカにせずに対応しようということ。だって陰キャの中にも藤野のような格好いい男がいるかもしれないでしょ?



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 第一話で登場した伊東さんが後悔したって話です。


 これからは陰キャ相手でも誠実に対応していこうと決心した伊東さんでした。

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