第17話 お兄ちゃんの能力

 side:凪



 私は藤野凪ふじのなぎ、今年の春から東峰高校に特待生として通っているの。


 兄もこの学校の特待生よ。私たちがこの学校に通っている理由は、授業料免除の上に月に2万円の参考初代が貰えるから。藤野家にとって月に2万円は大金なの。2万もあれば、毎日の夕飯のおかずが一品増やせるもの。

 実際、昨日の夕飯はメインのハンバーグの他に鶏むね肉の唐揚げが2つも付けられたの。小学生の弟が「今日は誰かの誕生日なの?」って大喜びしてて可愛かったわ。


 こんなことを言えば、「かわいそうに、貧乏なんだな」って思われるかもしれないけど、私たちは「かわいそう」なんかじゃないわよ?確かにお金はないけど、家族で支え合って仲良く生きているの。だから私は今でも十分幸せだと思っている。


 何よりも大切なことは、家族全員が元気に生きているということ。元気に生きてさえいれば貧乏なことなんかはどうって事ないのよ。


 とは言っても、お金がないのはやっぱり大変。いくらかは知らないけど前の家のローンも残っているみたいだし。


 3年前にお父さんが事故死して、それまで専業主婦だったお母さんは工場で勤め始めた。慣れない肉体労働で、お母さんは本当に疲れてしまっている。私たちには疲れた顔を見せないようにしているけど……親子だもの、気付くに決まってるわ。


 お兄ちゃんだってかなり無理している。学校が終わってからカレー屋でバイトして、帰って速攻でご飯やお風呂を済ませ、それから夜遅くまで勉強しているの。休日は別のバイトにも行っているし。いくら若いっていったって限度を越えてるわ。


 私もそんな二人の役に立ちたくって家事を頑張っているの。料理はかなり上達したと思うし、掃除や洗濯も上手くなった。弟の陽太はまだ小学5年生で手がかかるけど、宿題もちゃんと見てあげてる。

 お母さんもお兄ちゃんも、凪は何でもできて凄い!ってよく褒めてくれるの、だから私も頑張れる。



 お父さんが死んでから、お兄ちゃんは「なにか欲しいものはあるか?困っていることはないか?」って、私たちに聞くようになった、まるでお父さんのようにね。自分の方がずっと大変なはずなのに。

 私は大丈夫よ!って、いつも答えている。


 でも本当は一つだけ、私には欲しいものがあるの。欲しいもじゃないわね、なりたいものがあるのよ。


 私ね、本当は医者になりたいの。


 昔から漠然とそう思っていたのだけど、お父さんが事故死したときに強く思ったの「優秀なお医者さんになって、お父さんのような人を助けたい」って。だってお父さんはきっと死にたくなんてなかったはずだもの。

 幼稚な考えだってことは解っているわ。いくら優秀な医者になっても救えない命だってあることも理解している。でも私は医者になりたい。生きたいと思っている人を助けたい。



 でも、このことは二人には言えない。これ以上負担を増やしたくない。



 そんなある日、お兄ちゃんが突然言ったの「医者になりたいなら、今から勉強しとけよ。お前が頭いいのは知っているけど、勉強もせずに簡単になれるものじゃないだろ?」って。

 私は驚いて、どうして医者になりたいって知っているの?って聞いたの、だって誰にも言ったことなかったから。


「ん?そうか?確か前に一度言ってたろ?医者になりたいって」


 って、お兄ちゃんは惚けようとしたの。


「言ってない。私は一度も口に出して言ったことはないわよ」


「あれ?そうだっけ?なら、お前の日記で読んだのかもしれないな。ごめんな、勝手に日記を読んでしまって」


「私、日記なんて付けてない。私は誰にもこの気持ちを明かしたことはない。言葉にしたことも、文章にしたこともない。お兄ちゃん、どうして私の気持ちを知っているの?」


「いやそれは、だから……その」


 お兄ちゃんはしどろもどろになった。


「ねえ、お兄ちゃん、実は前から不思議に思っていたことがあるんだ。最近のお兄ちゃん、なんだか妙に察しが良いよね。昔はむしろ鈍かった方なのに」


「そ、そうか?昔から俺はこんなだったぞ?」


「嘘。お兄ちゃんはかなり鈍感だったわ。でも今は違う。私がアイス食べたいなって思っていると、何も言ってないのにバイトの帰りに買ってきてくれてたり、点数が悪くて陽太が見せてなかったテストの存在を知っていたり。察しが良すぎるなって思ってたの」


 生理で体調が良くないときに、何も言ってないのに掃除を代わってくれてたり、明日の夕飯は麻婆豆腐にしようと決めて、豆腐を買っておかなきゃって思っていたら、翌日には冷蔵庫に入っていたなんてこともあった。


「たまたまだよ、たまたま」


 そんな言葉で片付けられるはずがないじゃない。


「今まで妄想がすぎると思って言ってなかったけど……もしかしてお兄ちゃん、他人の考えていることが分かるの?」


「そんなわけあるはずないだろ、ニュー〇イプじゃないんだから」


 笑いながら手をひらひらさせるお兄ちゃん。私は『頬っぺにご飯粒が付いている』って考えた。


「え!?うそ?」


 お兄ちゃんは慌てて頬っぺに右手を当てた。そして「アッ!……」と言って黙った。


「やっぱり……分かるのね、私が考えていること」


「……失敗した。やっぱり凪は賢いなぁ」


 そうしてお兄ちゃんは諦めたように笑った。



 その後、お兄ちゃんに「思考カード」のことを教えてもらった。はっきり言って凄い能力だ。この能力を使えば大金持ちになることだって簡単だと私は思った。


「でも見えるのはあくまで断片的な思考だし、発動条件もあるし、使い勝手があまり良くないんだ。だからこの能力に頼ってお金を稼ぐのは危険だと思っている。急に使えなくなる可能性だってあるし」


「そっか、それ使ってお金を稼いで生活していて急に使えなくなったら困るもんね。お兄ちゃんが肉体的にか精神的に大人になる、もしくは童貞を卒業したら使えなくなる可能性もあるもんね」


「ど童貞ってお前……」


 今は真剣に分析しているんだから、恥ずかしがらないでよ。


「それに俺、この能力をあまり悪用したくないんだよ。バカバカしいと思うかもしれないけど、これは父さんがくれたんじゃないかって思っているんだ」


 お兄ちゃんは寂しそうに笑いながらそう言った。


「お父さんが?」


「うん、思考カードが見えるようになったのは、父さんが事故で死んだ日なんだ。もしかしたら父さんが家族みんなを頼むって能力を与えてくれたのかもしれないって思ってる。だから悪用してしまうと使えなくなる気がしてるんだ」


 うーん……お父さんがくれたっていうのは確認のしようがないけど、悪用すると使えなくなるってお兄ちゃんが思っているなら、その通りになる可能性は高いのかな?なんにしても「思考カード」は特別な力よね、それこそお兄ちゃんの「切り札」にきっとなるはず。大切にしないといけないわね。


 その日、私たちは「思考カード」を二人だけの秘密にすることにした。そして極力悪用しないように決めたの。


「でももし、生活ができなくなるくらい、お金が足りなくなったら兄ちゃんは躊躇なく使うよ。アメリカのカジノとか行って、ポーカーとか?やったことないけどさ、そういうのに使えば有利だろ?」


 いきなりカジノなんて言い出してお兄ちゃんは笑った。じつはお兄ちゃん、悪用したくないとか言いつつ使い方を色々考えていたんだなって思って、ちょっと可笑しかったの。

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