第16話 真言は面白い

 side:市川和人



 俺の名前は市川和人、高校2年生だ。家は料理屋を営んでいる。老舗料亭としてそれなりに有名らしい。


 料理には興味がないので店を継ぐつもりはないけど、店内にはよく顔を出している。そこで色々なお客さんと話たり食べている様子を見るのが好きなんだ。人間観察ってほど高尚なもんじゃない、ただ見ているのが好きなだけだ。


 今の高校に入ったのは、言ってみれば親の見栄だな。息子が東峰高校に通っているってのは一種のステータスらしい。


 入学して一番驚いたのは、生徒同士のマウントの取り合いが凄いこと。クラスメイトの殆どが親の職業自慢、家柄自慢のマウント合戦。俺が料理屋の息子だと知ると、あからさまにバカにしたような態度をとる奴さえいた。「つまらん奴らだ」俺はクラスメイトへの興味を失った。


 人生は楽しむためにあると俺は思っている。だから生きている限り精一杯楽しみたいんだ。後で楽しむために今は我慢するとかならOKだけど、そうじゃなくてただ楽しくないのは嫌なんだよね。そういった意味では、この学校に通うことは俺の主義に反していた。東峰高校に入ったことを俺は激しく後悔した。


 そんな時だ、藤野真言に出会ったのは。


 しょっちゅうアクビをしていつも眠そうにしている奴だった。授業は真面目に受けているようだが、昼休みなんかは高確率で寝ている。自分から話しかけるタイプでもないみたいで、友達もいないみたいだった。学年に2人しかいない特待生ってだけで目立つ存在なのに、自分から溶け込もうとしなければ孤立するのなんか当たり前だ。まあ独りの方が気楽って奴もいるから、こいつはそういうタイプかなって初めは思っていた。

 クラスメイトの一人が「僕、夜遅くまで勉強してますアピールじゃねぇの?」と言っていた。それを聞いた時には、そんなアピールしても意味ないのになと思ったが、実際に昼休みに涎を垂らしながら熟睡しているのを見かけ、アピールなんかじゃないと理解した。だから気になって話しかけてみたんだ。


「なあ、藤野君だっけ?なんでいつも眠そうなんだ?」


 真言はしばらくボーっと俺の顔を眺めてから返事をした。


「バイトで忙しくてさ、勉強もしなくちゃならないから、寝てる時間が少ないんだよ」


「バイトしてるのか、なんのバイト?」


 意外と話しやすい奴だと思った。


「カレー屋、母親の知り合いの店なんだ。タンドリーチキンとバターライスが絶妙に美味いんだ」


 カレーが美味いんじゃないのかよ!とも思ったが、そこはスルーした。


「毎日入ってるのか?」


「夕方から3時間だけね。土日の午前中は家の近くの運送会社で、トラックの積み荷下ろしを手伝ってる」


「バイト掛け持ちかよ、凄いな。なんでそんなに働くんだ?」


「うーん……借金があるんだよ」


 いきなりヘビーな話になったな、深入りし過ぎたか?


「父親がね、2年くらい前に死んでしまって、その時にできた借金を返しているんだ」


 本気でヘビーな話だった。こういうとき、咄嗟に上手い返事ができないのは、まだまだ俺が子供だってことなんだろう。


「飲酒運転で自損事故っての?よその家の壁に突っ込んで死んでしまったんだ。飲酒運転だったから保険とか降りなくてたいへんだったよ」


「そういうものなのか?」


「らしいよ、詳しくは知らないけど。しかも間の悪いことに、マンションを買ったばかりだったから、ローンとか一杯残っててさ、とてもじゃないけど払えないからマンションは売却したんだけど、まだ少しローンが残っているんだよね」


「なんか聞けば聞くほど大変だな……」


 と言うかこいつ、どうしてほぼ初対面の俺にここまで踏み込んだ話をするんだ?俺の性格とか全く知らないだろうに。


「母さんが工場で働いているけど、それだけじゃ足りなくて俺がバイトしなくちゃいけないんだ。いやホント、一日30時間くらいほしいよ」


 そう言ってハハハッと笑う真言の顔が、俺には凄く大人びて見えた。こいつはクラスの誰よりも苦労をして責任を背負っている。そしてそのぶん大人なんだと感じた。



 それからだな、真言とよく話すようになったのは。


 真言はとにかく面白い奴だった。家族が大好きで、いつも妹や弟の話をしていた。他のクラスメイトのように、どっちが上か下かなんて考えもしないし、ウソ告されても笑っているような奴だった。

 おかげで今までつまらないと感じていた高校生活が一気に楽しいものになった。



 そうして、あと少しで春休みという三月、その事件は起こった。


 真言が倉橋由依を不審者から守ったのだ。委員長なんかは発作的に抱きついたと考えているようだが、真言がそんなことをするはずがないだろ。百歩譲って不審者は真言の思い込みかもしれないが、倉橋由依を守ろうとしたことは絶対に嘘ではないはずだ。


 その件で倉橋邸に呼び出しを受け、倉橋由依の父親と話をしたときに、真言は俺が冗談で言った「ロリコン設定」をぶっ込んで来やがった。隣で聞いてた俺はもう少しで吹き出すところだったよ。

 真言が俺にフォローをするように目で合図してきたので、こいつは間違いなくロリコンだと証言してやった。


 でも正直なところ、こんな幼稚な嘘に天下の倉橋物産の社長が騙されるとは思えなかった。

 でもコロッと騙されたんだよこれが。それだけじゃなく、ロリコンなら娘に変な気を起こさないだろうと、真言を娘専属の執事にしてしまった。こんなのが社長で倉橋物産は大丈夫なのか?と思わずにはいられなかったよ。


 その後、執事の裏の任務を聞いた俺は真言に協力すると申し出た。だってこんな面白そうなこと参加しないわけにはいかないだろ?



 真言は二年になってすぐに、隣のクラスの前沢兼人から、倉橋を巡ってバスケ勝負を挑まれていた。バスケ経験などないって言ってたわりに完勝してたんだよ真言の奴。訳わからんよホント。

 俺は同じ体育館で卓球をしていた倉橋を見つけ、事の経緯を話してやった。だって真言があんなに必死で頑張っているのに、当の本人が何も知らないなんておかしいだろ?


「真言は、お前を守るために必死で戦っているんだぞ」って言ったら、倉橋は一瞬目を見開いて驚いた顔をしていた。そして試合が終わるまで真言の姿を目に焼き付けるように見つめていた。俺は誇らしかったね。どうだ!俺の親友は凄いだろ!って大声で叫びたい気分だった。


 まあもっとも、真言には余計なことをするなって後で怒られたけども。




 真言は本当に面白い。見ていて飽きない男だ。今ならこの学校に入って良かったと心から思える。それも全て真言のおかげだ。俺はこの先もずっとこいつの親友であり続けようと思っている。照れるから真言には言わないけども。




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 主人公の親友、市川和人目線の話でした。


 これから数話、主人公以外の登場人物目線の話が続きます。


 お気に召していただけると幸いです。

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