第14話 スーパーイケメン

 明日から中間テストが始まる。俺の肩書は倉橋由依の専属執事だが、主な仕事は勉強の補佐なので倉橋さんには何としてでも成績を上げてもらわなければ俺の立つ瀬がないぞ!と、気合の入ったところで補習を始めようとしたが、倉橋さんの席には委員長しかいなかった。


「あれ?倉橋さんは?」


「さっき楽園に呼び出されたわよ?」


 何でもない感じで答える委員長。


「はい?えっ!?呼び出されたの?楽園に?それって告られるじゃん!知ってたならなんで止めてくれなかったんだよ!」


 焦る、これは焦らずにはいられない。300万が消えていく……。


「なんで私が止めるのよ。私は由依の味方よ。あなたに協力する理由はないわ」

『勘違いするな』『ロリコン野郎』『むしろ敵』


 そう言われればそうだった。委員長とも最近よく話すからすっかり友達みたいな感覚でいたよ。委員長にとって俺はロリコン野郎で敵方で危険人物だった。


「どうしよう、今から行って間に合うか?」


「行ってどうするの?告白をするなって相手に言うの?そこまで言う権利が藤野君にあるの?」


 余裕なく自問自答している俺に、委員長からの正論パンチ。


「……ない。彼氏を作られると困るのは俺の都合だしな」


「でしょ?だったら大人しく待ってなさい」


 委員長に諭された。この人に口で勝てる気がしない。


「でも変だな、倉橋さんに告るにはまず執事の俺を倒さなければならないとか言われてたはずなのに」


「3年だからね、藤野君が執事だなんて知らなかったんじゃない?」


 ああそうか、全校生徒に知られてるなんて自意識過剰だった。もっと慎重にいくべきだったな。





「おかえり由依、どうだった?」


 しばらくして帰って来た倉橋さんに、興味津々の様子で質問する委員長。


「う~ん、返事は保留にしてもらった」


「なんで?3年の梶先輩って『東峰高校のプリンス』と言われているほどのイケメンよ?」


「そうなの?……普通じゃない?」


 いまいちピンときていない様子の倉橋さんが首を傾げる。


「普通ぅぅだとぉ!?」


 いつも冷静な委員長が荒ぶっている。


「だって恭兄ちゃんの方がイケメンだよ?画像見せようか?」


 倉橋さんが取り出したスマホの画面を見る委員長は、しばらく見つめた後でホゥっとため息をついた。


「……ホントだ。その辺のイケメン俳優よりイケメンだわ。藤野君も見る?」


 どれどれと首を伸ばして画面を覗くと、宗仁さんと一緒に超美形の男の人が写っていた。うん、これは文句のつけようもないくらいのイケメンだ。ってか本当に日本人か?ファンタジー映画のなんだっけ?ちっさい主人公が悪い魔法使いと指輪を取り合う映画に出てくるエルフ役の人に似ていた。ビシュッて矢で敵を射貫きそう。


「たしかにこのレベルのイケメンを見て育ったなら、梶先輩見ても何とも思わないわよね」


 納得顔の委員長。


「でしょ?このくらいじゃないとイケメンとは言えないよね。だから梶先輩は普通」


「……由依、あなたの普通の基準はかなりズレてるからね。恭兄ちゃんって人は日本人男性の上澄みの更にそのまた上位に位置するスーパーイケメンだからね。普通っていうのはこういう奴のことを言うのよ」


 ビシッと俺を指差す委員長。人に向かって指を差しちゃダメって言われなかったかな?その細い人差し指グイってしてやろうか?




 倉橋さんを迎えの車に乗せ、見送るまでが俺の執事としての仕事である。補習が終わり、倉橋さんと廊下を歩いていると、鞄を両手で抱えるように持っている妹の凪を見かけた。


「凪、いま帰りか?」


「あ!お兄ちゃん。日直だったから遅くなっちゃった。早く帰って晩ご飯の……そちらの人は?」

『綺麗』『超綺麗!』『まさかお兄ちゃんに?』


 俺の後ろにいる倉橋さんに気づき、驚きの表情を浮かべる凪。


「こちら倉橋由依さん。俺が執事として仕えている人だ。倉橋さん、妹の凪です」


「初めまして、凪ちゃんでいいかな?」


「は、はい。兄がいつもお世話になってます」


 鞄を両手に持ったままペコリと頭を下げる凪。


「お~!凪ちゃんは良い子だなぁ。私のことは由依でいいよ。よろしくね!」


 少しオドオドしている凪に、優しい笑顔を見せる倉橋さん。


「中学の頃から凪ちゃんが家事全般をしているって聞いたよ。凄いね、尊敬だよ~!」


 そう言いながら凪の頭を撫でる倉橋さん。女の子相手だと一気に距離を詰めて来るんだなこの人。


「いえそんな……私にはそれくらいしかできませんので」


 撫でられ顔を赤くしながら答える凪。うちの子可愛い。


「どうしよう、凪ちゃんの可愛いが過ぎる!凪ちゃん、倉橋凪になる気はない?」


 何を言い出すんだこのお嬢様は。



「ふへへ~、凪ちゃんの頭は撫で心地が良いなぁ~これはクセになるかも」


 その後しばらく凪の頭を撫で続ける倉橋さん。美少女の顔がだらしない。


「倉橋さん、そのくらいにしといてくれ。凪が困っている」


 凪の思考カードに『助けて』『帰りたい』って出始めた。倉橋さんは名残惜しそうに手を離す。


「お兄ちゃん、私帰りにスーパーに寄るからこれで」


 倉橋さんからササッと距離をとる凪。


「俺も行こうか?」


「大丈夫、卵を買うだけだから。倉橋先輩もさようなら」


 ペコリと頭を下げてからトコトコ歩いて去っていく凪。


「凪ちゃん凄く可愛いね!私もあんな妹が欲しかったな~」


「自慢の妹だからな」


 本当に何処に出しても恥ずかしくない妹だ。


「特待生なんでしょ?可愛いうえに家事も出来て成績まで優秀なんて、もう完璧じゃん!」


「まあな。しかも凪は俺なんかと違って本当に頭が良いから、受験勉強なんて一切せずに合格したんだ」


 妹自慢させたらいくらでも出来る自信がある。


「ほぇ~凄いね!将来は医者か弁護士かってっところだね!」


 その言い回し、少し古いよな。


「……凪は本当に医者になりたいと思っているんだ」


「え!?そうなの?凄いね!」


「でもまあ、医学部に入るにはそれなりにまとまったお金が必要だからね、母親には言ってないんだよ。これ以上負担はかけたくないって」


「……もしかして300万円って凪ちゃんの学費のため?」


「うん、まあ実はそうなんだ。300万あれば入学金や最初の年の授業料やその他諸々を賄えると思ってね」


「そうなんだ。てっきり自分の大学進学のためのお金だと思ってたよ」


「俺は高校卒業したら働くつもりだよ。まだ下に弟もいるからね、のんびり大学なんて通ってられないよ」


「そっか……偉いね藤野くんは……」


 それきり倉橋さんは黙ってしまった。こんな貧乏くさい話は聞かせない方が良かったかな?




「……なんだか彼氏を作りにくくなっちゃったな」


 迎えの車が見えたところで倉橋さんが喋り出した。ん?300万のことか?


「それは気にしなくて良いよ。全部こっちの事情だし、300万がダメになっても、高校を出て俺が給料の良い所で働けば私立は無理でも、国立大の医学部なら何とかなると思うし。まあ、凪には勉強頑張ってもらわないといけないけどね」


 高卒で給料が良い所って限られているだろうけど。


「うん、でも……」


「そこはフェアに行こうよ。高校卒業までに本当の恋がしたいんでしょ?気持ちは理解できるよ。俺だってこんな状況じゃなかったら彼女の一人くらい欲しいと思うだろうし。だから倉橋さんは今まで通り彼氏探しをすれば良いよ。もちろん俺の方も彼氏作りの邪魔は目一杯するつもりだけど」


「うん……ありがと」


 結局、倉橋さんは沈んだ表情のまま車に乗って帰っていった。

 これは参ったな、俺は妹自慢がしたかっただけで、そんな表情にするために話したわけじゃないのだけどな。妹の進路を持ち出して彼氏探しをしにくくしたみたいで、なんか俺が狡い感じになってしまった。

 これからはこの話はしないように気を付けよう。

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