第13話 ほう?
俺はすぐ
「マジで?……」
宗仁さんは、バレたことよりも妻に言いつけられることに絶望しているようだった。大企業の社長らしくない言葉遣いが少し面白かった。
執事を解雇されるかとも思ったが、そんな話は出なかったのでホッとした。
その数日後、なかなか面白い噂を和人から聞くことになった。
和人曰く、倉橋さんの「キミは全くダメ」発言を聞いていたクラスメイトにより、前沢兼人による身勝手なバスケ勝負が明らかになったこともあり、「倉橋さんに近づくには、まず執事である藤野真言を倒さないといけない」という謎のルールが生まれたらしい。
なんだそれ?とも思ったが、それはそれで好都合だ。目一杯邪魔してやるぜ!って待ち構えていたのだけど、挑戦者が一向にやってこない。
これも和人が言っていたのだけど、どうやら俺への評価が爆上がり中らしい。特待生なので成績勝負では勝ち目は薄い。加えてバスケ.部レギュラーとバスケ勝負しても余裕で勝ってしまうほどスポーツ万能だと言われているらしい。
スポーツに関しては過大評価も甚だしい。思考カードをフル活用して辛うじて勝っただけだ。能力が使えないスポーツなら俺はクソザコになってしまう。もちろん本当のことを公表するつもりはないけど。
こうして俺が防壁として機能している為か、倉橋さんに近づこうとする輩は現れなくなった。俺のメッキが剥げるまでは静かに過ごせそうだ。
――なんて考えてた頃が俺にもありました。
「藤野、あとで職員室に来い」
帰りのホームルームの最後に担任の村上先生に呼び出しをくらった。村上幸司先生は、あまりやる気のないタイプの先生だ。『帰りたい』『面倒くさい』『もっと楽な仕事がしたい』などといった言葉がよく浮かんでいる。これでよくこの学校の教師になれたよな。
職員室に入り村上先生の前に立つと、眉間にシワを寄せた村上が面倒くさそうに俺を睨んだ。
「前沢兼人の父親から抗議が入った。お前、前沢に恥をかかせるためにバスケ経験者であることを隠して勝負を仕掛けたらしいな。おかげで前沢が学校に行きたくないと言い出しているらしくて、お前に謝罪を求めてきている」
『面倒』『仕事増やすなよ』
「……はい?なんか色々違いますよ?バスケは体育の授業でしかしたことないですし、勝負を持ちかけたのも前沢兼人の方です。自分が勝ったら倉橋さんとの仲を取り持てとか言って。なので全部、前沢兼人の自業自得です」
「お前、今日さっそく向こうさんの家に行って謝罪してこい。菓子折りを忘れるなよ」
「……俺の話、聞いてました?謝罪する理由など無いと言っているんですけど?」
「そんなことはどうでも良いんだ。相手はあの前沢建設の社長だぞ?その息子さんに恥をかかせた以上、お前が謝罪するのが筋って言うものだ」
「……」
何言ってんだ?この人。
「お前、どうやって取り入ったのか知らんが、倉橋さんの執事になったらしいな。それで気が大きくなっているのかもしれんが、お前は所詮ただの一般庶民だ。本来ならこの学校に通うことすらできないほどのな。そんなお前が前沢建設の御曹司を傷つけたとあっては問題にならない訳がないだろ。お前の言い
『黙ってろ』『20万貰った』『言うことを聞かせる』
あーなんだろこの、同じ言語で喋っているのに話が通じない感じは。ってか20万はどこから出て来た?まさか前沢兼人の主張を通す約束で貰ったとか?だとしたら賄賂だろそれ。教師がそんなことしちゃダメでしょうが。
『約束』『謝罪させる』『教師おいしい』『貧乏人め』
ダメだなこの人。どうやら本当に金を貰っているみたいだ。
「とにかく、俺は謝るつもりはないです。失礼します」
これ以上この人と話をしても意味ないな。俺はくるっと後ろを向いて歩き出した。
「お、おい!ちょっと待て!まだ話は終わってないぞ!」
村上の引き留める声が背中から聞こえたが無視して職員室を出た。後で問題になりそうだが、俺にだって引けない一線くらいはある。男の意地ってやつだ。
「今度は何やらかしたの?」
教室に戻ると倉橋さんが嬉しそうな顔して寄って来た。俺がまるでトラブルメーカーみたいな言い方だな。俺は至って普通の善良な高校生だぞ。
「んー、なんか前沢兼人の親がクレームを入れて来たみたい、息子が恥をかかされたって。バスケ経験者なの黙ってて勝負も俺から仕掛けたとか言ってるって。どうも本人がそう主張しているらしい」
理不尽ここに極まれり!って感じだな。
「……何それ、まるっきり事実と違うじゃない!」
怒った顔もキレイですね。ちょっと「プンプンですっ!」って言いながら両手を腰に当ててみてくれませんか?
「まあね、それで向こうは謝罪を求めているらしいけど、俺に謝る理由はないから断ってきた」
「それで向こうは納得するの?」
「たぶんしないだろうね。また何か言ってくると思う。村上も向こうの味方みたいだし」
それでも間違ったことはしていない自信がある以上、俺から謝ることはしたくないな。
「……許っせない!」
そう言って倉橋さんは教室を出て行った。あ、あれ?帰っちゃうの?きょうの補習は?
「藤野くーん、電話~」
数分後、倉橋さんがスマホ片手に教室に戻ってきた。帰ったのかと思って俺も帰り支度してたよ。
「電話?誰から?」
「お父さん」と言って渡された倉橋さんのスマホを受け取る。スマホが温かい……美少女が今まで使っていたスマホを手に持つなんて正直ドキドキするけど何でもない顔をした。なんせ俺、ロリコンキャラだから。
「お電話代わりました。藤野です」
「藤野君か、話は由依に聞いたよ。面倒な事になっているようだね」
倉橋さんが俺のことを心配して父親に連絡をとってくれていたようだ。
「ええまあ。でも俺に落ち度はないと思っているので謝るつもりはありません。ですが、由依さんや
「そんなことは気にする必要はない。一応確認なのだが、向こうの主張は全くのデタラメなのだな?」
「はい。俺はバスケの経験者ではありませんし、勝負も向こうから挑んできました。ましてや前沢兼人に恥をかかせたい理由など俺にはありません」
「そうか、ならば良い」
「あ、それと……」
「何かね?」
「担任の村上先生は向こうの味方のようです」
これは言っておいたほうが良いよな。
「ほう?」
「この件で向こうから20万円を受け取ったと呟いているのが聞こえました。聞き間違いかもしれませんが」
思考カードを見たとは言えないからね。
「……ほう?」
2回目の「ほう?」は声の威圧感が半端なかった。
「いいだろう。元々、由依に近づくのが目的で君に接触してきたのだからな。君は巻き込まれたにすぎん。とにかくこの件は私が預かるので君はなにも心配しなくていい。引き続き由依を頼む」
「え?!よろしいのですか?」
「構わんよ。当家の者にいちゃもん付けるとどうなるか、きっちり分からせてやろう」
「すみません、ご迷惑をおかけします」
俺はスマホを持ったまま深く頭を下げた。音声だけで話しているので俺の様子など見えないだろうけど、感謝の意はちゃんと表しておきたかった。どう対処したら良いのか分からなかったので、正直なところ非常に有難い。それに俺のことを「当家の者」と言ってくれたことも嬉しかった。
「どうだった?」
電話を切って、スマホを目の前にいた倉橋さんに返す。
「うん、宗仁さんが後は任せろと言ってくれたよ。正直助かった」
「そっか、良かったね。ああ見えて本気になった時のお父さんは頼りになるから、きっともう安心だよ」
『大丈夫』『守るよ』
ニコッと天使のような笑顔を見せる倉橋さん。まったくこの二人は……打算で引き受けただけの「お嬢様専属執事」なんだから、執事であることの誇りや、喜び、やり甲斐なんか知らなくてもいいってのにさ……親子そろって人たらしだよホント。
「よし!じゃあ、俺は執事としての仕事を全うしますかね。補習を始めます。中間テストも近いから、そろそろ本腰入れて勉強しようか」
嬉しくてニヤつく顔を見られたくなかった俺は補修の準備を理由にして顔を伏せた。
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