第12話 バレる
「お前ぇ、倉橋さんにバスケ勝負のこと話しただろ」
体育の授業が終わって教室に戻る途中、俺は市川和人を捕まえて文句を言うことにした。
「ん?話したよ。だってせっかく
「いや別に知られる必要ないから!」
余計なことしやがって。
「そう?でも倉橋さんはちょっと嬉しそうだったけどな」
「嬉しそう?」
「そりゃそうだろ、いつも近くにいる男子が自分を守るために不利を承知で必死に戦っているんだぞ?嬉しいに決まってるだろ。それこそ恋愛小説の主人公みたいにさ!」
「知り合いの男子じゃなくて執事な。倉橋さんの執事として、奴が近づくのを阻止しようとしただけだから。まあ結局、倉橋さん本人が言葉で叩きのめして決着がついたけども。……あれ?もしかしてバスケの勝敗ってあんまり関係なかったんじゃね?俺が負けても、どっちにしろ倉橋さんは拒否してたんじゃ……」
俺が頑張った意味あったか?
「まあまあ、それは良いじゃん。大事なのは結果よりも過程ってことでさ」
うーん、まあ知られてしまったものは仕方ない。勝手に賭けの対象にされたと倉橋さんが怒ってないなら、まあいいか。
放課後、授業の補習を始めようかと準備していると、倉橋さんがいつになく真剣な表情をしていた。
「藤野くん、バスケ勝負のこと、私けっこう怒っています!どうして言ってくれなかったの?」
前言撤回、けっこう怒ってらっしゃった。
「すみません。倉橋さんが知る必要はないと思って知らせませんでした」
「執事のキミが私を守るために勝負をしているのに私が知らなくていいはずがありません!」
『不愉快』『報連相』『残念』
「本当にすみませんでした。以後気を付けます」
座ったまま深く頭を下げる。下手な言い訳をせず謝っておこう。
「それはそうと……藤野くん、お父さんに何か言われてない?例えば、私に男子を寄せ付けるな、とか」
ドキンッと心臓が跳ねた。
「はい?なんのことですか?」
俺は当然すっ
「だっておかしいでしょ?執事と言っても勉強の補佐がメインのはずなのに、こんな勝負までするなんて。どう考えてもやり過ぎだよね?」
「いや、そ~んなこともないんじゃないかな~と……」
目が勝手に泳ぎまくる。
「春休み前にうちで話し合ったとき、お父さんと二人きりで話してたでしょ?あの後、藤野くんの顔つきが変わってたから、何かあったなとは思っていたんだよね。あの時に何か言われたんでしょ?」
『怪しい』『ギラギラしてた』
ヤバい、完全にバレてる。
俺は少しこのお嬢様を甘く見ていたのかもしれない。それもそうだ、この人は大企業「倉橋物産」の社長令嬢だ。当然それなりの教育を受けてきているはずなんだ。俺のちょっとした態度の変化なんか簡単に気づくに決まってる。
「まあ気づいたのは美郷ちゃんなんだけどね。藤野くんの様子が変だってこっそり教えてくれたのよ」
委員長だったのかよ……一瞬でも敬意の念を抱いた俺の気持ちを返せ。
「なに?何の話?」
自分の名前が出たので気になったのか、委員長が近づいてきた。
「藤野くん、お父さんから何か言われているみたいなの」
「あー、その話ね。私も薄々変だなって思っていたのよ。抱きついた件を不問にした上に、唐突に由依の執事まで任せるなんて。絶対なにか裏取引があったなって」
倉橋さんと委員長が二人で名推理を繰り広げ始めた。
「じ、実はですね……」
結局、宗仁さんから彼氏作りの邪魔をするように命じられていたこと、むしろそっちがメインだったこと、成功報酬として300万円を貰う約束になっていることまで全部話した。
「なるほどね。色々と納得がいったわ」
委員長が腕組みしながら頷いている。
「うぅ~っ、私のこと何だと思っているのかな?あとでお父さんに文句を言ってやる!」
『説教』『お母さんにも』
倉橋さんが、恋愛小説に影響されて恋人を作りたがっていると言われたことを怒っている。宗仁さん本当にすみません!娘さんから文句が入ります。あと奥様にも伝わるようです、覚悟しておいてください!
「あの……倉橋さん、俺が言うのも変だけど、宗仁さんにあまり強く言わないであげてほしいんだ。父親が娘を心配するのは当然だと思うし」
少しでも宗仁さんのフォローをしておこう。
「それとこれとは話が違うでしょ!だいたい何?恋愛小説に影響された!?私はそんな単純じゃないわよ!そんな浮かれた気持ちで彼氏が欲しいと思ってたわけじゃない!」
フォローできませんでした!にしても、彼氏が欲しいと考えているのは否定しないのか。
「えっ!?由依、違うの?」
委員長も恋愛小説に影響されたと思っていたらしく驚いている。
「もうっ!美郷ちゃんまで!」
「じゃあなんで急に彼氏が欲しいって言い出したのよ。あんたが去年急に言い出したおかげで大騒動になったんだからね」
なんか去年大騒動になってたらしい。
「これ言うの恥ずかしいのだけど……。コホンッ、私に正式ではないけど婚約者がいるのは二人とも知っているよね?それ自体は別に良いの、倉橋の娘として受け入れてるわ。でも一生に一度くらいは自分で選んだ人と恋がしてみたいの。卒業したら正式に婚約することになっているから、それまでがタイムリミットなのよ」
自分で選んだ人と恋がしたい、か……まあ分からなくはない。俺だって余裕があったら恋の一つや二つしてみたいもんな。なんと言っても青春ど真ん中の高校生だもんな。
「由依は、その婚約者の人を好きじゃないの?」
委員長が心配げに問いかける。確かに今の倉橋さんの言葉では、義務として婚約を受け入れているとしか聞こえない。
「好きよ?でもそれは異性として、恋愛対象として『好き』とは違うと思う。なんて言うか、家族に対する情みたいな?兄弟姉妹みたいな感覚で大切に思っているの。そしてそれはこの先も変わらないと思う。もちろん結婚したらちゃんと奥さんするつもりよ?浮気なんてしないし、精一杯尽くすつもり。恭兄ちゃんに聞いたことはないけど、きっと向こうも同じように思っているんじゃないかな?向こうも私を恋愛対象には見ていない気がする」
『頼れる』『同志』『恋人にはなれない』
「由依はそれで良いの?」
「良いも悪いもないのよ。会社経営なんて私には向いてないことぐらい、自分でもよく分かっている。だったらそれが出来る人を伴侶にするしかないのよ。お父さんもそう考えて恭兄ちゃんを婚約者に選んだはずだし。倉橋の娘に生まれたのだから自分の責務はちゃんと果たさないと」
『義務』『運命』『仕方ない』
いつもの俺なら「戦国武将の姫君かよ」って茶化すところだけど、倉橋さんの真剣な顔を見てるとそんな軽口が言える雰囲気ではなかった。
「そっか、そうなんだ……」
委員長は少し寂しそうに視線を落とした。
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