第11話 姑息だね
1組、2組合同の体育の授業が始まった。男子はバスケットボール。出席番号順に6チームに分かれて総当たり戦を行う。
女子は同じ体育館の奥で卓球をするようだが、半分くらいの女子はラケットを持ったままバスケ観戦をしている。そのため多くの男子が戦地に赴く兵士のような面構えをしていた。女子に良い所を見せたいからって気合が入り過ぎだ。
「おい執事、約束はちゃんと守れよ」
ニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべる前沢兼人。もう勝った気でいるようだ。
「そっちこそ約束を忘れてないだろうな」
バスケなので一対一で勝負というよりはチーム戦になる。こういう時に頼れる和人とは残念ながら別のチームになってしまった。
「俺のチームが負けるわけないだろ。ダブルスコアで実力の差を見せつけてやるよ」
『圧勝』『格好良い俺』『逆玉』
バスケは身長が高い方が圧倒的に有利なスポーツだ。俺の身長の低さとバスケ経験の無さを考えれば、攻撃に参加しても大して戦力にはならない。かと言って自軍のゴールを守ったとしても、これまた守り切れないだろう。ということはやはり俺が生きる場所は中盤の守備だな。そう戦略を立てた俺はコートの中央を自分の主戦場に定めた。
第一試合は前沢兼人のいない2組の男子チームとだったので適当に流した。ここで体力を使うわけにはいかない。
第二試合、いよいよ前沢兼人のチームとの対戦だ。俺にとって絶対に負けられない戦いが始まった。
「さっそく実力の違いを見せてやる」
前沢兼人は自信に満ち溢れた表情でドリブルしながら俺に近づいて来た。
「ああ、やっぱバスケ部なんだなこいつ……」
手にボールが引っ付くような感じと言えば分かりやすいだろうか、バスケの上手い奴ってドリブルするときボールを見てないんだよね。俺なんかだと何処に跳ねるか分からないからボールを見ながらじゃないと無理なんだけど。
「さあ来いっ!」
でも負けるわけにはいかない。俺は気合を入れるために大きな声を出した。
「ハッ!ザコが粋がるな!」
『ワンフェイント』『ぶち抜く』『右から』
右手でゆっくりドリブルをしていた前沢兼人は、急に速度を増して俺の目の前に来た。一瞬俺の右から抜こうとするかのようにキュッと身体を動かした後、俺の左側を走り抜けた。その素早い動きにド素人の俺はついていけない。俺を颯爽と抜き去る前沢兼人――。
「えっ?!」
俺の背後で、前沢兼人は自分の手からボールの感触が消えたことに戸惑いの声を上げていた。俺の横を走り抜けるその瞬間、必死に伸ばした俺の左手がボールを弾き飛ばしたのだ。弾き飛ばしたボールは幸運なことに俺のチームメイトが確保した。
「ナイス、藤野!」「何やってんだ!前沢!」
それぞれのチームメイトから褒められる俺と非難される前沢兼人。
「ちょっと油断しただけだ。今度こそ!」
こっちに点が入った後、再びドリブルで俺に向かってくる前沢兼人。
『チビ』『パワー勝負』『弾き飛ばして』
なるほど、身体の大きさに物を言わせて俺を吹き飛ばすつもりか。それって反則じゃないの?まあでも、ぶつかってくることが分かっていれば避けるのは容易い。
俺は身体を左に半歩ずらし衝突を避け、右手を伸ばしてボールを弾いた。
「はぁ?!」
再びボールを取られたことに信じられないといった表情の前沢兼人。今度のボールも味方が確保してすぐにカウンターに入った。
「前沢!この下手くそ!戻れ!」
敵チームが慌ててディフェンスに入ったが、前沢兼人が俺に二度もボールを取られるなんて予想してなかったらしく完全に出遅れている。おかげで味方選手は余裕を持ってパスを繋ぎシュートを成功させた。
「くそっ!なんでだ!」
俺を睨みつけながら怒りをあらわにする前沢兼人。
前沢兼人の得意なスポーツがテニスや野球のように一定の距離を保ちながら対戦する種目だったら、俺は手も足も出なかっただろう。でもバスケなら、近距離で駆け引きするバスケでなら俺は負けない。思考カードというチートな能力を使えば次の動きが読めるからな。
それに春休みに習った合気道も意外と良い仕事をしているようだ。合気道とは相手の動きに合わせ、相手の力を利用して投げ飛ばしたり制圧する武術。
これを応用すれば相手の動き出しのタイミングなども上手く計れるようだ。後はタイミングに合わせて手を伸ばせばボールを弾くぐらいは俺でもできる。
バスケ部のレギュラーといっても、所詮うちの高校でのレギュラーだ。バスケの強豪でもスポーツに力を入れている学校でもない。お坊ちゃまお嬢ちゃまが通う私立高校だ。バスケ強豪校のレギュラーとかが相手だったら、たぶん思考カードがあっても歯が立たなかっただろうな。
結局俺はその後も前沢兼人を止め続け、試合も24対14の大差で俺のチームが勝利した。
「くそっ!なんでだ……そうか分かったぞ、それしか考えられない!お前、バスケやってただろ!じゃなきゃ俺が負けるなんてことあるはずないんだ!経験者なのに黙ってるなんてズルいぞ!」
顔を真っ赤にしてプルプル震えながら怒っている前沢兼人。バスケ得意なの黙って勝負吹っ掛けてきたのはそっちだろうに。まあ思考カードっていうチート能力を使っているって点ではズルいけどね。
「藤野くん凄かったね!大活躍だったね~」
俺がどう言い返そうかと考えていると、倉橋さんが卓球のラケットを持ったまま俺に話しかけてきた。どうやら試合を見ていたらしい。
「あぁうん、たまたまね」
チート能力使っての勝利だからね、あんまり誇る気にはなれないかな。
「あ、あの!倉橋さん!俺、2組の前沢兼人っていいます。実は前から倉橋さんのこと可愛いなって思っていたんです!」
おいちょっと待て前沢兼人、バスケ勝負で俺が勝ったら倉橋さんには近づかないって約束はどこ行った?
本人を目の前にして舞い上がってしまったのか、俺を無視して倉橋さんに歩み寄る前沢兼人。顔が紅潮していて息もハアハア言ってて気色悪い。
「うん?えっと、前沢くんだっけ?」
倉橋さんはそんな前沢兼人にも、にこやかな笑顔で対応する。
「は、はいっ!前沢兼人です。よかったら俺と――」「前沢くんって、姑息だね」
「……へ?はい?」
想いを最後まで伝える前に、被せるように発せられた倉橋さんの言葉に目をぱちくりする前沢兼人。
「だって自分がバスケ得意なことを隠して一方的に勝負を仕掛けたんでしょ?それってとっても卑怯で姑息だと思うの。しかもあっさりと負けてさ、姑息な上に格好悪すぎだね。せめて相手の得意なことで勝負してたなら負けてもまだマシだったのにね」
「……あ……いや、だから……」
言葉に詰まる前沢兼人。咄嗟に弁解の言葉が浮かばないようだ。
「ん~、ダメだね、キミは全くダメ。じゃ!」
言いたいことを言った倉橋さんは、くるりと後ろを向いて卓球台に戻っていった。
「……ぁ、ぁ……」
前沢兼人は石化したかのようにその場に立ちすくんでしまった。なんとなく一瞬で体中の色素が抜けてしまったように見えた。
周囲にいた人間も倉橋さんのどストレートすぎる言葉に固まっていた。
しっかし、うちのお嬢様って思ったことを遠慮なく口に出すよね。天然なのか?それとも敢えて空気を読まないようにしているのか?
まあでも言ってることは間違ってない。前沢兼人が姑息で格好悪いのはその通りだ。
生気の抜けた前沢兼人を放って、俺も黙ってその場を離れた。さすがにこれ以上は死体蹴りになってしまう。倉橋さんが完全にとどめを刺したしな。
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